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ぼやき
2011-06-25 Sat 15:22

出会いと別れ、何度も何度も繰り返すが
 
出会いすぎるのも、本当はキャパオーバーになることもあるんじゃないだろうか

実のところ、俺が大事にできる人のキャパは非常に狭い
 
出会いこそ多いものの、

いつの間にか置いていくものも多い
 
ずっと大切にしていける人の数など相当な人じゃないと無理だろ
 
 
最近、気が付けば別れていく人が多い
 
それは、その後きっとたいした連絡も取らないだろうなぁと思う
 
交わった交差点に佇む時間はほんの少し
 
そして、各々が勝手にまた違うところに歩き出す
 
 
新しい出会いは、過去の出会いたちを霞ませていき
 
遂には連絡など取らなくなる
 
きっとこれからも取らないだろう
 
 
いつの間にか、姿を消した人もいる
 
さよなら、したわけじゃないけどもう連絡を取らない人もいる
 
何度か呼びかけても心を閉ざしたまま浅い呼吸でずっと生き抜こうしていて
 
世渡り上手に浅い呼吸できっと閉ざしたまま生きていくのだろう
 
寂しいもんだ

なのに、社会情勢はめまぐるしく変化して
 
環境はどんどんかわり、
 
また違う人たちと出会って
 
しっかり交わっても、やがて変わっていく環境に「さよなら」は目の前に常にぶらさっていて
 
それを恐れて、交わらず、生きていく
 
その瞬間を、
 
その出会いを
 
きっと、大切に思う事を拒否して頑張っているだろうなぁと思う
 
 

 
ずっと、そこにあるものなどないのだろうか
 
今を大切にできない人が、未来を大切にできるのだろうか
 
今によって、未来は変わるというのに
 
仕事の為の未来など、いかようにもなるが
 
人間関係の未来ほど、その瞬間を大事にしないことには
 
その関係に明るい未来はないだろう
 
もちろん、社会が今を大事にしたうえでの未来設計をしないことには
 
明るい未来像など観えてはこないだろうし
 
でも、社会や会社や企業や家族は
 
人からすべて始まっているというのに
 
 
安心、を手にふわふわと過ごすことはこの34年間あったのかなぁと
 
手に入れた「安心」の多くは短い時間で過ぎ去り
 
さよなら、したかしないか、消えていく
 
 
不安だから働き、暇だから動き、落ち着くことが怖くて騒ぐ
 
ビビッて接しない、心を開かない、

他に楽しいことがあってそれが一番だとむなしいバカを言い張る
 
そんなバカは、一生独りで最後は独りでいぬるコース
 
そんなやつは、一生自分に嘘ついてろ!と思うが・・・
 
東京には非常に溢れている
 
 
震災後に結婚が増え、支えを欲しがる人が増えた
 
増えた、というよりも、素直に見ることができた、という事だと思う
 
 

コミュニケーションは反応しあうことでもあるのだが
 
掴もうとしても、スルリと逃げる
 
でも、大事な人を見つけてそれを守る為に疎遠になって行った人
 
それは、素敵だよね
 
それがいいんだと思う
 
そこに自分の熱をもっていくのだから
 
表現者なら同時にそれを表現しながらいくだろうし
 
そうでないのなら、大事な人にまっすぐむかっていくし
 
しかし、その双方も、そこの2人の関係を中心に世界を回し始めるってこと。
 
それが素敵なことだと思えてくる。
 
仕事や趣味を中心に世界を回したら
 
ゴミばかりが増えてしまいそうだ。
 
ゴミを増やして使いまくらないと社会が成り立たないようになってしまっていて
 
その世界の中心は、戦略の中心は、「〇〇」にあって、そいつで回している 

俺よりさらに上の年代の人たちはそこれが当たり前だというように
 
未だ生きてるだろうし
  

 
少々まじめに語ってしまったけど
 
いや、もう、確かな平安が欲しいのみなんだよなぁ
 

こんなこと、誰に言っても分からないか。 

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