シュルレアリスム展 
2011-04-27 Wed 21:28
滋養の供給に、、、今日は六本木の『シュルレアリスム展』

 シュルレアリスム展
 
国立新美術館へ
 美術館と山縣有斗
何度来ても、この壮大な建物には、感服するよ
 
美術館って、ほんと建物自体、「ズゥン!」って感じだよね
 
だから、大好きだよ

  建物のうねり
 
今日は春の花もまわりに咲いていて、ほどよくさわやかな気分にもなって
 
いざ、鑑賞。
 
 
このシュルレアリスムというカテゴリーは、けっこう理解しがたいものが多くあるし
 
現代アートに通じてるんだろうね
 
思考を捨てて、先入観を捨て、ほらっ、描いたよ
 
みたいな、ものから、想像めくるめく創造から、ほらっ、ってものまで
 
 ★ ★ ★
シュルレアリスム・・・男性名詞。心の純粋な自動現象であり、それにもとづいての口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の動きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。
             ★ ★ ★
 
この意味を理解しようとして思考することすら既に画家たちの意図するところではないのかも知れない
 
キュビスム以降のこのアートシーンが垣間見れたと思う。
 
マグリットの絵も数点あったけど、それ以外のアーティスト(画家や写真を使ったアート)の作品は
 
いたずら心もあり、また近代化の反発とも言えるのかなぁと
 
 
3時間たちっぱなしで、シュルレアリスムの歴史の流れを
 
作品とともに歩いて渡ると・・・
 
色々な「?」を抱え、すこしおいて行かれた感じもあった。
 
主催者もよく理解していないのではないかなぁ~、なんて思えたよ
 
理解など必要ないんだね、でも、多分。
 
「そんな夢をみた」
 
で、いいんだよね。
 
 
画家の多くが、男である、ということの中にこそ
 
渦巻く内情の放出が観てとれるような気がする
 
ちらちらと女の存在を、また女そのものを、それに対する内情を、
 
絵画形式にハマらず、放出した、と。
 
思えた。
 
俺たち男とういのは、放出する性なんだよね。
 
混沌としながらも、時代に不満を持ちながらも、放出していく
 
キャンパスや厚紙にに放出していく
 
受け入れて欲しくて、でも頭は下げれずに何かに抵抗する
 
たまった欲望とか夢想とか幻想がうまくいけば芸術に辿りつくし
 
抑制を働かせて平穏に社会の中に溶け込むこともあるし
 
それがいつか放出して悪事や欲事に向かう
 
 疲れた
 
俺が表現をやめることができない理由もそこにあるのかも知れない
 
 
うだうだと鑑賞し終わって、こうやって想いを馳せるのです。
 
それがまたアートの魅力
 
全然、意味分からん、って理解しようとしなくてもシャットダウンすることもあるけど
 
この時代の流れの作品として、考えてしまうことがたくさんあった。
 
にしても、やっぱいいねアートは。

 
滋養滋養。

 

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