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通勤ラッシュ
2010-11-27 Sat 02:00
有斗コラム、第二弾ですよね。
 
 
ちょっと、あるエピソードから順に入っていこうかなぁと。
長いよ


 
ある朝、通勤ラッシュの中、電車が何かの影響で遅れてしまっていた。中はぎゅんぎゅんのすし詰め状態になり、次の駅につくとさらにぎゅんぎゅんになる。
ところてんを作る箱だったら、大量のところとんができてしまうほどの押されようで・・・
当然ところてんではないから、出ていく穴もなくもう入らなないだろうというくらいのすし詰め状態になるわけで
乗ってる人たちは、会社に遅れそうで、また苦しいのとで、押されて痛いなどで
電車の狭い箱の中は、イライラという名の空間が支配していた様子。

俺も、押しつ押されつして苦しい時間だった。
そして、降りる駅についた時のこと。
ドアが開いても、降りる人がドア付近の人だけで奥に押し込まれてしまった人たちがなかなか外に出れない状況になっていた。
俺の横の女性も「すみません、降ります!」を繰り返し、人間という壁に突進していく。
その姿は、か弱き女性の姿ではなく、イノシシのごときパワーだ。
しかし、そのイノシシパワーでもびくとも動かないような状況だった。
降りない人は、一度降りたら、また入る人の波に押されてしまって今いる位置よりもさらに不利な位置流れてしまいそうなのでめったな事では動かないと決めてるような様子。
俺も降りたかったので、必死のその女性の後ろをついていった。
 
すると、女性の前にひとりのおっさんが立ちはだかっていた。
そのおっさんはつり革に掴まったまま、降りる気配もよける気配もなく、ただ女性に押されている。
女性はさらに言う「すみません、降りまます!降ります!」
ちょうど目の前だったおっさんは、ぐいぐい押されてしまい、ドアの方に流されていくが
バランスを崩して一生懸命つり革につかまった。
まるでおっさんだけが波に押し流されているかのようだった。
他の人は堤防のごとくかたまって動かない。つまり、おっさんが川の中の遺物・障害物のような状況だったのだ。
おっさんは、息継ぎもできないような様子であっぷあっぷしていた。
 
それでもドア付近は人が出れるスペースが狭い。
ドア外では、早く出て来い!と大勢の人が手をこまねいて待っている。
女性は、おっさんが邪魔だと思いさらにイライラして大声で言った。
「降りますって!!」
 
そして、おっさんは力を振り絞って答えた。
「降りるのはわかってんだけども、俺は足が悪いから言うこときかないんだよ。」
 
 
一瞬、空気が止まった。
 
 
おっさんは、それでも一生懸命道を空けたつもりだったが
少し曲がった足で身体をよけることができず、その女性に押されるようにドアの外に出た。
女性は無言で歩き去った。
俺は、その女性が空けた導線を通って電車を降りることができた。
おっさんは、駅の壁際に持たれて、悪い方の足をいたわっていた。
 
電車に大勢の人がまた乗り込む。
ドアが閉まる。
そして、電車は動き出した。
今度は乗り換えやら、改札に向かう人の流れがホームを洗い流す。
その流れの中、おっさんは降りるつもりがなかった駅のホームを足を引きづりながら歩き出した。
 
あの女性の姿はもうない。
あっという間に、流れに身を任せて消えていた。
 
俺はなんだか悔しくて、恥ずかしくなった。
それで「大丈夫ですか?」と一声かけようかと思った。
目の前で足を引きずって歩いているおっさんの背中が、妙にひっかかる。
でも、声を掛けることができなかった。
 
なんじゃ、こりゃ・・・。
 
 
とまぁ、話は長くなったけどこんな話で。
どこに、この話は向かえばいいのだろうか、それが疑問だ。
簡単に正義を言いかざすな、という事か?
弱者は満員電車に乗るな!か?
弱者には名札をつけろ、ということか?
あるいは、会社が出勤時間を遅らせばいいのか?
あるいは、遅刻が厳禁の会社ルールが悪いのか?
あるいは、その女性の苛立ちが悪いのか?
あるいは、いらだたせた満員電車そのものが悪いのか?
あるいは、電車を遅らせた何らかの事故が悪いのか?
 
 
あるいは・・・すべて不運ですね
  
 
さぁゴールが分からなくなってきた。
俺もその日が撮影だったら、どうしていただろうか。仕事に遅れることは仕事を失うことを意味してくる。
信用を失うからだ。
その日、たまたま撮影だとして、たまたま女性のポジションに俺がいて、間に合うか間に合わないかの瀬戸際だったとしたら、俺はどうしてただろうか。
 
どちらにも言い分があるのが世の中だ。
でも、この根本を社会構造の中にある、と思う人はそうそういないかも知れない。
何十年と培ってきた、追いかけて構造してきた、この社会の成り立ちに欠点があるのではないかと思えてはこないだろうか。
本当は、どこかで、ちょっと思ってる人もいるかも知れない。
口にすれば甘えていると言われてしまいかねない、難しい問題だけど。

そもそも、どうしてそんなに我々は朝急がないといけない世界にいるんでしょうか?

働きは時間に換算され、お金に換えられる。
これは当たり前だ。
雇われている以上、それはしょうがない。
あなたの時間は、買われているのだから。
 
いや、実はこの当たり前の構造から既に、違っていたら?と思えてならない。

「ありがとう」を相互に交換しあった関係であれば、雇ってる側が偉くはならないし
雇われてる側が卑屈になることもない。
理想主義だけどね。
自由をうたっておきながら、多くの強制の中で生きてるからに過ぎない結果だとも言えるのではないだろうか。
その社会強制から脱退すると、途端に食えなくなるわけで。
義務なのか、強制なのか、という議論はここでは置いておくことにするが・・・
 
ここは問題解決する場所ではないので、これくらいにしておこう。
でも、根本から考える力が必要な時期にきてる気がするだよ。
生まれてから小中高で社会に生き抜く為のサイボーグを作る教育システムがあり
うまく生き抜くようプログラムされながら、立ち止まったら生きれなくなり鬱になるシステムから、脱出しよう。
まさに、そんなサイボーグたちが朝の電車ボックスに老若男女あふれている。

功利主義・自由競争主義・資本主義・・・
違う何かが必要なのは間違いないよね、なのに成長している中国はなおさら気にかけず進み
そこに群がれと必死に周りは食いつく。
ボロボロになった環境を、エコでポイント還元してお金は大きく動く。
よくできてるけど。
 
多くの人が狭い箱から出れずにいるのよ。
その箱から出て、その箱をゆっくり見る機会が日本中にあればなぁと少し思います。
ところてんの箱のように、穴を開けてくれればにゅるにゅるって何か新しい形が飛び出すかも知れないね。
 
そして、俺もまた、箱の中で泣いています。 
 


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