じいちゃん元気か?
2010-08-15 Sun 01:47
お盆で、東京の住まいのこの場所も
 
いつもより窓の明かりが少なく感じます。
 
 
NHKを点けると、戦争の話が流れてくる。
 
 
ふと、じいちゃんについて書きたくなった。
 
今は、この世にいない。
 
いないから、感じるのは思い出からと家族からしかない。
 
 
俺はじいちゃん、ばあちゃんっ子だったから
 
よく2人と子供の頃は遊んだし、寝ていた。
 
じいちゃんは、戦争から無事帰還した兵士で、肩に弾丸が貫通した痕が残っていた。
 
よく自慢してた気がする。
 
「じいちゃんはのぉ、戦争でのぉ、撃たれたからここに傷が残っちょるんよ。」
 
と、俺によく見せてくれた。
 
『戦争』なんて、言葉もよく知らず、ガンダムの宇宙戦争しか知らない俺には
 
まったく現実味がなかった。
 
でも、ガンダムの宇宙戦争でも銃のようなものは登場し「撃たれた」「傷跡」の
 
意味は俺にとって凄いもんだった。
 
 
でも、少々痛々しい傷跡は、そんなに見たいものでもないから
 
よく見せるじいちゃんに、ちょっと嫌気もさしていた。
 
 
それに、俺によく無駄に「こちょこちょ」をしてくすぐってくるので
 
それは笑いすぎて死にそうだから、少々じいちゃんのこちょこちょには恐怖を抱いてた。
 
 
でも、おやつやデザートは必ず俺の分を取ってい置いてくれて
 
俺は、自分のおやつを食ったあとじいちゃんに貰いにいっていたセコイ子供だった。
 
じいちゃんは、3人兄弟の孫の中でもやっぱり末っ子の俺に超甘かったんだね。
 
 
そんなじいちゃんに子供時代があったってこと
 
青年時代があったってこと
 
そんなことを想像したことがなかった。
 
俺が生まれた時から、じいちゃんは最初からじいちゃんだからだ。
 
だから、じいちゃんは、生まれたときからじいちゃんだった。
 
その過去を想像するのが難しいくらい、じいちゃんの戦争体験を想像するのが難しい。
 
むしろ、痴呆で妙な言動を繰り返し始めた頃のじいちゃんが一番印象深いくらいだ。
 
 
じいちゃんは生き残るためにどんな行動をしてきたんだろうか

じいちゃんは日本に帰るためにどんな手段を使ったのだろうか
 
アメリカ兵を、朝鮮兵を、・・・民間人を・・・
 
そんな秘密めいたことは一切知らない
 
家族の誰もがそれを語ったことなど知らない(気がする)
 
ばあちゃんは知ってるんだろうか
 
来年、お盆に一度、実家に帰ろうと思う。
 
来年こそは。
 
生き証人のばあちゃんに、じいちゃんの体験を少し聞いてみたい。
 
このことを今はじめて俺は言葉にすることができた。
 
たまに思ったりするけど、ばあちゃんには元気な顔を見せるのが精一杯で
 
そんなじいちゃんの話を聞くことなんてなかったし。
 
 
戦後65年か。
 
日本の借金は800兆円か。
 
 
戦後、生まれた俺には、その両方の数字がよく分からない。
 
 
映画でしか知らない戦争。
 
実は、日本兵の状況も映画で見る限りの情報しか知らない。
 
書物やテレビの体験談などの見聞はあれど
 
実感できる身内のことを知りたいと思う。
 
 
映画「プライベートライアン」冒頭の20分
 
これほど、衝撃的な戦争映画はこれまでなかった。
 
これが、きっと戦争なのだろう、と思えた。
 
人が消えることは、いとも簡単な現象なんだ・・・と。
 
一歩も前へ出れずに消える命があることを知った。
 
オヤジと2人っきりで小学校の頃に観た映画「プラトーン」
 
俺にはカッコよく映ってしまったし、遠い世界だった。
 
おやじはじいちゃんの帰還をどう思ったのだろうか。
 
 
じいちゃんは、俺が小学校2年ぐらいの頃「九九」を覚えてるときに
 
練習問題をよく言ってくれて、俺はそれで「九九」を覚えた
 
「7×3は?」⇒「21」
 
と答えると「ご明答」と嬉しそうに言ってくれた。
 
それが嬉しくて覚えたようなもんだ。
 
 
恥ずかしい話、いつもじいちゃんはそばに居てくれているような気がしてる。
 
俺を守ってくれてるような気がしてる。
 
それを観たことはないけど、、、
 
 
今、この日本があるのは
 
多くの、大勢の、じいちゃんがいたからだ。
 
俺世代にとって、凄い数のじいちゃんがいたからだ。
 
不便から便利に転化した科学も、じいちゃんがたくさんいたからだ。
 
俺世代の目線から言うと、じいちゃんたちのおかげなんだよね。
 
そればかりか、その時代を耐え忍び、苦労をさせまいとしたばあちゃんがたくさんいて
 
その子供のオヤジ世代が、経済発展のために労力を惜しまなかったからだよね。
 
経済が行き着いて、折り返すどころか、消えたバブルの後
 
取り残された俺たちは、その過去を背負うことなく
 
妙な世界に置いてけぼりになってしまったような。
 
 
じいちゃん、芸術活動にうつつをぬかすことができることに
 
俺は本当の意味で感謝できてないかもしれないよ。
 
 
でも「それでええんよ、おやつ食えちゃ、ほらっ」
 
って、今も言われてる気がする。
 
 
だから、少しだけ感謝を深めて、深夜のアイスを食します。
 
ありがとう、じいちゃん。
 
 
 
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