銀塩
2010-04-15 Thu 03:06

今日は、池袋コミュニティ・カレッジ
 
東京銀塩写真クラブ 
 
田村彰英の銀塩写真入門講座第一期終了展
 
という事でした。
 
日頃お世話になってる、福山圭介さんも今回、
 
田村さんの指令により出展にも参加していて
  
作品を2点、出展していました。


 
銀塩
 
 
それを目指し、鑑賞~。
 
池袋の西部の上にこんなコミュニティ・カレッジがあったとは驚き!
 
絵画や陶芸やら、いろんな教室があって

ロビーのようなところには、色々と展示してあって

いろいろと楽しめました。
 
 
目的の写真は、
 
 
既に、アテプリ!コミュで、さちが報告してますので、
 
さらに大画面で写真を確認したい方はこちらへ
 

 http://atepuri.blog119.fc2.com/
 
 
福山さんの作品は、他とはまた違った感じでした。
 
生徒さんは、縦に世界が延びたり、目の前のものだったりするけども
 
福山さんは、横に伸びていく世界という感じ。
 
それは、順番に見ていくと
 
ああ、違う世界だなぁ、素敵なラインだなぁ
何か嬉しくなりました。

 
 
銀塩2

やっぱ、生写真はいいね。
 
なぜか、福山さんの写真だけ、表に透明のガラス?がついてなくて
 
質感がしっかりと堪能できました。
 
これは意図的なのかなぁ?
 
後で聞いてみよっと。
 
 

 
さらには、福山さんは今月号の月刊アサヒカメラにも紹介されてますので
 
是非、一度観てみて下さい!
 
 
月刊アサヒカメラ
 
他の展示品で絵画があって、パステル画が展示してあった。
 
それを観てみて
 
ああ、パステルってこんな事もできるんだなぁって思えました。
 
今後、俺も様々やってみたいね。
 
キャンパスにパステル画があったりしてね。
 
その教室では、ヌードがあるみたいだよ~。
 
これはね、ちょっと、覗いてみたいなぁって。
 
それだけ参加したら怒られるのかなぁ。
 
これはスケベな意味じゃなくてね、画家山縣氏としてね。
 
いや、うん、覗きたいね。
 
 
 
 
アートが、アートになるのって、何だろうね。
 
どこからが、そうなのか。
 
どこまでが、そうでないのか。
 
観た人の価値判断に任されるのか。
 
今でこそ有名な画家でも、死後世界的に有名になったり
 
ただの金持ちのコレクションだったり
 
他では相手にもされてなかったりして
 
 
ただ、どれも、誰かがそれを凄い大事にしている人がいた
 
って事はどれも共通だろうなぁ。
 
誰かが見出していて、誰かの胸を刺し、その誰かにとっての価値は深い
 
 
その時代、一部分で繁栄した流行があったりもして
 
その流行を逆行するような人がいて
 
それぞれ、誰かの胸には届いていて
 
 
展示会やグループ展をしては、売って
  
肖像画は、生活費を稼ぐためにあったりして
 
 
ある者は、旅をして内面に受けたものを表面化し
 
ある者は、観たままを表面化し
 
ある者は、表面化する技術を研究し
 
作品ごとに変化し
 
 
その旅の先には、何を求めていたのか。
 
 
多くの画材が買えるようになった画家は
 
さらに、また違う意識で、心の負債を捨てて描く事に専念できて
 
違う作品を生んでいったり
 
 
時代に憎まれた画家は、画材さえ買えず
 
穀物の麻袋を繋ぎ合わせてキャンパスを創り、魂を削るように描き続ける。
 
 
どちらも後世に残ったアートだったりして
 
 
圧倒される作品は、どこか魂が滲んでる
 
個から発生した無限
 
 
 
俺のたびの終わりは、そこに向かうんだろうか
 
もう向かってるのか
 
それは他社が判断することの価値だったりするのかなぁ?
 
  
 
写真展からこんな話になってしまった。
 
そんな俺のブログは、どこへゆく?


blogram投票ボタン 

 

 

 


スポンサーサイト
別窓 | 芸術 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<良い子の日 | 役者ノートブック | 煙の中へ行ってみたいと思いませんかぁ~、うふっふ~♪>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 役者ノートブック |