さようなら、ネックレス。そして、ありがとう。謎の鳥、旅立つ。
2016-01-28 Thu 13:04

このネックレスのトップス

時々浮気もしましたが

16年程度の付き合いです


時々、チェーンが切れたりで、このブログでも紹介してきましたが

上京したての頃に、新宿のアルタ横の道で

謎の外国人の人から購入した

謎の模様の

謎のネックレス


ここ数年もほぼ、つけっぱなし

山縣を知る人は

自然についてるものなので

逆に気が付いていなかったかもですが
 
 
ずっとずっと

初心忘れべからずと

胸に刻むように、胸元に落ち着くように

置いておりました


山縣有斗 ネックレス 


それが昨年の『超絶ヒーロー』の稽古中

一度外して、稽古して以来

実は、もうつけていないのです
 
 
あら不思議 

 
アクションやダンスもあったので

危険な部分もあるため

外していましたが

そのまま

外していた

 
 
験担ぎ、とばかりに

東京に来た想いを乗せて

風呂に入る時も

病気で寝込んだ時も

飯を食う時も

ずっと、そばにいたはずなのに
 

温泉に浸かった時なんて

真っ黒になった事もありました
 

 
そんなネックレスを 
 
外したまま・・・3ヵ月が経過

 

実はこの1年の間に

チェーンが切れた事が3回もあり

どういうわけか、俺と離れたがっていたような

そんな気もするのです

 
 

10年くらい前に

浮気した時は

ターコイズの石をつけたり
 
違う鳥タイプの、もっと象形文字のようなものとかもつけたりした

がネックレスそのものは

ずっと、俺はつける習慣があってつけていたんだよね



想い入れもあるのに

外したことで

逆に、自由になったような気がするのは、なぜ
 
 
 
ありがとう

もしかしたら、またつけるかも知れないけど
 

考えてみれば

上京した時の、俳優としての野望や、恐ろしいほどの志なんて

なんたって俺一番、俺が凄い、と思い過ぎたほどの挑戦は
 
もはや俺にとっても、どうでもいいくらいに小さい

俳優の仕事は大事だが

泳ぐべき場所は、もっと広く、もっと深く

社会が用意した成功不成功の池なんてどうでも良く
 
 

社会が用意してしまった深淵の闇こそが

ほんとうは大事だと気が付いて
  

  
どんどん自由になった

表現もどんどん自由になることに向かって
 
飛ぶことができるようになった30代があって

その30代もあと1年となった直前に

外す事ができたのは

ある種の、いい流れ、だったのではないだろうか


と思えてならない

 

また会おう!
 
 
 
  
もちろん、オサレで魅力的なネックレスがあったら

ファッショナルブな気持の時には、

新しい恋人としてつけてやろうぞ

と思ってます



 
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