Let it be 
2015-11-29 Sun 12:41

いつ、何があるか、何が起こるか、わからないな

そりゃそうなんだけど

うれしいことも

うれしくないこともある中

うれしくないことが

いざ、自分に降りかかってきたら

そんなことに、遭遇し



何とか、今、在ることに

ほっとしながらも

でも、またこれからその事を抱えていかないといけないし

その状況を認めながら

生きていると
 
苦しみを認めることが、大事だと確信する

 
 紅葉の陽光 11月も終わり 山縣有斗
 

そして急にまた、いつ、何があるか、何が起こるか、わからないな

って事が近くで起きていたりして

それはあまりにも突然で

近しくなくとも、刺さってくるものがあり

一瞬、息をつまらせた
 
 

揺れる心の中で、ふいに孤独と向き合った時に

『俺、消えたっていいや』と思った事などが

『遺したいもん、遺したかもだし、もういいっか』と思った事などが

急に恥ずかしくなり



自分の『生』に、ぶち当たる

誰かのために、生きてるわけではないにしても

世の和の役には立ちたくて




俺が大事だと思っても

相手は大事だとは思えていないかもだけど

それも認めたうえで


色んな壁があることを受け入れようと思っているし

共存していこうと思えている




そう


幼稚園から一緒だった1年下の後輩を、ふと思い出す

一緒に遊んで、一緒にサッカーして

俺が高校でサッカー部に入った時

彼も1年遅れてサッカー部に入り

高校卒業後は合わなかったが

俺が大学生で大阪にいたころ

一通の手紙が届いた

その後輩からだった


広島で絵の専門学校に行って、絵を描いてるという

俺は絵が好きでよく描いていたし

彼もそれをずっと横目で見ていたと思うが

彼が絵を描く話なんてきいたこともなかった


絵では小学校のころからずっとみんなに知られていたので

俺も、やはりそんな堂々たる気分でいたけど

まさか、彼が絵を描く学校に行くとは思ってもいなかったし

絵が好きだとも思わなかった

好きなのはサッカーだと思っていた

それに、手紙なども書くなども思っていなかった


地元に戻ったら、話したいね


などと書いてあった手紙

その1年後、彼は突然亡くなった・・・

突然死だった



受け入れなれなかった、突然で

その後、お線香をあげにいくまで5年かかった


その時、初めて、彼の絵を見た

油絵だった

大きかった

大胆だった

色に熱があった


衝撃だった

そのころ、俺は、ほとんど絵を描いてなくて

俳優や脚本にうつつをぬかしていて

自分が描いていたことも、忘れていたくらいだった


不思議だった

お兄さんの話では、絵について俺の事を話していたという

テレビ時々出るから、応援してるよ、と添えて



それから数年後、絵を描く機会があって

また描き出したけど

その時に、背中を押された波が来たような気がした

絵を描かなくなって10年後くらいの話


全て、時間かかるけど、その突然の経験たちは

どこかでつながってるんだろうなって

思えた

そして、ようやく、彼の死というか

『存在していた』事を受け入れられた


そんな気がする





自分の今も、その先に、そう思うときが来るまで

余分な期待せずに

抵抗せずに、受け入れる

任せる 山縣有斗


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