4年が経過 3月11日に寄せて
2015-03-11 Wed 11:29

あれから4年

自然災害と人災と

お亡くなりになったたくさんの方々の

ご冥福をお祈りします


未だ再会かなわぬ方々が

再会できますよう

切に願っております


    
2011年の俺 







その後広がった、たくさんの未来への選択肢

その選択してきた4年は

どうだったのかな

日本

企業

個人



そして、俺。。。




『経済』に絡め取られた罠にわなわなし続ける

自然を壊して進む産業が加速しているような

空気や海を汚染し続ける産業が加速と継続しているような

被害が進まぬよう止める産業が停滞


自然を育てる、守る、産業こそ

選択肢にもっとあがって欲しいと思っています



この様々なごまかし感

戦後の70年

ひた走り、罪を償わず

経済大国へ進めさせてもらった感じに似てるような

そのひた走るあいだ、公害や人災は

必死で隠そうとして

原発に非を唱えるモノはバカにして社会から疎外し

信用を失わせ

信用を持たせた偽者がまかり通った

戦った人たちもいるけど、その声は、発見しにいかないと

なかなか知ることは出来ない



今もって

その後の政府や企業や個人が選んだ選択肢は

どうだったのか

考える必要はないのかな


振り返るどころか、ただ『お金の匂い』に誘われて

進み続ける『経済市場主義』なニュアンスが

違う正当性を持って

反対意見をバカにしたり伝えたりせず

進んでるような気がします



武器をつくるより

栄養を失った土を豊かにすることを

原発技術を売るよりも

廃棄処分をする為の技術を

積極的平和主義という偽名で日本を汚すよりも

本当に積極的にセイフティネットをつくって欲しい



目の前の扉を開けば

また目の前には新しい扉がいくつもあって

考えてひとつの扉を開けば

またまた目の前には新しい扉がいくつもあって


過去から学び

扉を開く前に議論し

開いていって欲しいなと思います



まだ、22万9千人が避難生活をしてるんだよ


まずは僕ら

そんな話を隣の人とすることから

3.11 の傷を力に変えていくのではないだろうか



2015年3月11日

山縣有斗
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