『かぐや姫の物語』 観賞~。ああ、魅せられた。
2014-02-22 Sat 22:58


ずっと観たかったのに、観る機会を逃すところだった

『かぐや姫の物語』

   かぐや姫 走る 走る

観賞!
素晴らしく芸術的映画!
もはや劇場も少なく時間帯が合わないので
川崎のチネチッタまで行って来ました。
ちなみに川崎シンフォニーホールで久石譲さんの曲は録音されたんですね。

  

未体験を体験させてくれた感覚。
水彩画のような絵の連続、あれほど大きな画面で
ずっと体感するなんて、まさに奇跡の作業量
 

って事を考える余裕もないくらい
自然にその世界に入ってゆける
筆のタッチのような線
輪郭を越えている、線と線の隙間・・・
それはその間の空間を埋める想像力を自然に躍起させてくれる。
 

シンプルな物語を絵画的に想像力をアップさせてくている。
必ずしも均一でない色
はみ出した色
色のない箇所

 見事な桜

それで十分だし、それが調和した絵
19世紀中盤にジャポニスムがブームになったヨーロッパにおいて
余白のある浮世絵に驚いたというが
 

ヨーロッパの画家が、「白いところあってええんだ!」
と覚えた衝撃は、日本発である。
 

極めて日本の物語を日本の物語たらしめる手法だった
素晴らしすぎる。

 


最後の方の台詞
『生きている手ごたえが欲しい』
と言ったのは誰だったか・・・

 

 

この台詞はシンプルだが、
『生きている手ごたえが欲しい』
 

細い血管を鷲掴みにされたように、じわじわっと後から来る!
 

犯罪だろうと、いたずらだろうと
日常の生活だろうと・・・
生きている手ごたえがある方へ、ある方へ、素直に行ける事
向かう事、それこそが本質的に人間にはあって
籠の中の鳥のように、閉じ込められた環境の中で
抑ええられた力の前で、欲しいと願っていた姫の『手ごたえ』とは
いったい何だったのか!?
 

捨てちゃいけなかった
捨丸兄ちゃんだなぁ
 

うむうむ。
 

やっぱそうだよなぁ。
 


姫の犯した罪とは・・・そういう事かと
もともとの物語の隙間を埋めていく想像力が合わさった
新しい『竹取物語』!

  
  かぐや姫 いのししと


声もね、アフレコ(アフターレコーディング)じゃなくて
プレスコ(プレスコアリング)と言って、台詞を先に取る手法。
海外じゃ割りと先に台詞録るのが普通だってさ。
考えてみれば、そりゃその方が言葉や呼吸が生きるよね!
これは声優さんよりも
俳優さんが、命を持って役として生きてる音を録る
という事により近いんじゃないかな~と思った。
とてもいい手法ですね。
もちろん、適材適所な方法なのかも知れませんが・・・
生(LIVE)が欲しいならば、先に録る事がクオリティをあげるなぁと
思いました。

 

そして、50億円もの制作費と8年の歳月
そこまで時間とアイデアと労力を用意した・・・
パトロンの氏家齊一郎さんの気持ち

 

「俺は高畑さんの作品が好きだ。特に『となりの山田くん』が大好きだ。
高畑さんの新作が見たい。大きな赤字を生んでも構わない。金は全て俺が
出す。俺の死に土産だ」

 

と、作品が生み出される事に喜んで力を貸した心意気!
ああ、凄いなぁと。
でも、芸術って、そうやってパトロンがあって
思う存分それに打ち込む芸術家がいて
成り立っているっていうか
商業を越えている環境が素晴らしい。
そして氏家さんが亡くなり、日本テレビの社長の大久保さんが
後を引き継ぎ、パトロンとなったらしい。

 

なんて理想的な環境だろうか。
いつ完成するかもわからなかった作品に追加予算を注ぎ込むなんて。
 

でも芸術家の作品が観たいんだ
という思い。
お金を出せる人が、それを喜んで出す事。
それは投資であり、株じゃない。
株主がアートの本質を奪う可能性があるが
パトロンという投資は、本質を奪わない。

とても理想だ。
 
だからこそ、ここまで素敵な映画が生まれたんだね。
 


 
大スクリーンで観る事をお勧めします!!
マジで!
ってか、俺が遅すぎたか・・・
もう、観てる人がほとんどだよね~~。


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