2年目越えて
2013-03-13 Wed 01:22


2013年3月11日 午後2時46分 

密かに黙祷

手も合わせながらからだが緊張していた


犠牲になった多くの方のご冥福を心よりお祈りいたします

どうかやすらかに・・・
 

何度も力が入りました



あれから、2年経過しました。

2年目の3月11日を越えて1日目、もはやマスコミはほとんど知らん顔へ

放送すべき内容はいろいろあるとは思いますが

そんなもんなのか・・・と感じずにはおれません

というか、原発はとことん解決せず、ずれた国の方向性のまま

多くの方が土日にデモや署名やいろいろな行動を起こしているし

すこーしだけニュースで取り上げるも、伝えないままスルー

東電のずさんな当時の様子も映すも

ドラマ化するも

だから原発を止めようという議論はそこにはない・・・

核廃棄物、汚染物の廃棄場所、見つからないまま

義援金や復興資金もどこかが吸い上げてしまう構造を黙認

おいおい・・・100人中90人はツッコんでしまうくらい恥ずかしい行動が目立っているよね


というか問題山積みだよね


そこちゃんとしないでさ、国民一同一致団結してさ五輪招致で媚びてる場合だったのか

経済効果もあるが、ちゃんとやろうよ~そこってのが目処がたってないじゃない


文句言ってもどうにもならん、前を向かいとと

ほんとどの人が、結局は目を瞑って歩むしかないと思っているんじゃないのだろうか・・・


アンケートの震災は風化してると思いますか?60%

とか、ちゃんと伝えること伝えていけばいいだけじゃん、どんな大人の事情があるの?

と子供の俺は思うのです

風化させたんでしょ、スルーしてさ

いえいえ、でも必死で改善を試みてるアーティストさんや

本で訴える作家さん、また被災者の声

現場でも今も復興援助を受けながら仕事をしている方

声をあげてる

誰に届かせればいいのか不明瞭になってきてますが


それでも俺は俺なりに声をあげていく次第です

その気持ちは変わらず、いかせん微力すぎますが・・・

現場にも行けてないのに、俺は恥ずかしい

それでも「おかしい」ものは「おかしい」と声をあげていき

応援したいものを応援する

少しでもたくさんの方の心配が溶けていきますよう

心からお祈りいたします



2013年3月12日 山縣有斗




先日出会った一冊の本、紹介しておきます


  生きてやろうじゃないの


『79歳・母と息子の震災日記 生きてやろうじゃないの!』

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※感想をFacebookで記載した内容と同文ですが記します

Facebookでシェアされていた文章を読み
気になっていた本
そして、また読んだ方からのシェアが飛んできて
さらには、作者の一人に当たる武澤忠さんの文章がシェアされてきて
めぐりめぐって何度もノックされている気がして
2月中旬に入ってようやく、本を購入しました

テレビでドキュメンタリーが放送されていたようでしたが
直接観る機械を逃し、この本を読んでみて
母・順子さんの声や、震えているであろうカメラ、音、などなど
感じておきたかったと後悔してしまった。
しかし、今朝、朝の番組で一部拝見することができました。
家が壊されていくのを観ている母・順子さんとカメラを一瞬見れました。
そこだけで、ぐぐぐっと身体が震える思いだった。

どうしてもその現場にいた当事者じゃないと分からないよ、と、そんな言葉や気持ちの返しがあるといたたまれなくなる事がある
それでも、多くの人は、少しでもそれを感じたいと思い、色々な映像や本を手に取るのだと思う。
痛みや辛さは変わることは出来ないが共感することは出来るからだ。
この本は、その中でも「共感」をなでるように与えてくれる瞬間がいくつもあった。

母・順子さんが広告の裏や孫のノートに書き溜めた日記というか
想い書きがあらわになっていて、やるせない気持ちがどんどん伝わってくる。


印象的に残ったのは・・・
「色のない世界にぱっと明るくして下さったことに感謝するとともに、映像の力の大きさを感じ入るところである」
3月21日の息子・忠さんが製作する「DON!」の放送を観た母・順子さんの上記の日記が印象的だった
他局が自粛モードで災害ニュースばかりの中で、あえて書道で「日本一心」の書と鮮やかな花をつかった華道
を使った構成に対しいての言葉。
そうか、そうだったんだ、と改めて感じた。
東京も自粛モード一色で、暗雲立ち込める中、色彩は失われていた・・・。
考えてみれば、笑顔がぱっと世界を明るくするように、色が世界を明るく見せるように、そういう事も絶対的に必要だったんだと。

家が解体されるところでは、「家」という先祖から受け継ぐ大切な歴史の形を奪うことであり
家族との思い出の形の破壊、ご主人との大切な場所・・・
どれだけの人が、このような身を剥がされる想いをしたのだろうか
忘れてはいけないのが、それを破壊せざるを得なかったユンボウを操る業者の方など
色々な方が、受け止め切れないものを抱えて行動していたことは想像に難くない。

母・順子さんが、何度も震災前に亡くなったご主人のことを想い出し
そして、震災による被害と残った自分との狭間で行ったり来たりしているようだった。
整理なんてなかなか出来るものでない、同じことを何度も考えてしまう、その堂々巡りな思考が日記という形でありありと伝わってくる
そんな中、時々雲や空を見ることが何度も日記に記されている
上を見ようと必死だったのだと思う
最初は傍観者としての神のような存在の雲
続いては「孫悟空」のように雲に乗ったご主人としての雲
地鎮祭の時には、前向きに祈りを向ける存在としての雲へ変化していったのが感慨深い。

書く、話す、伝える、それこそが回りへの理解と共感と共有を生んだし
読書感想文を書いた中学生の子とも繋がり、前を向く勇気をもらえたことがやはり素晴らしい。
(本にして)伝えてくれたことはとても嬉しいこと
まだ多くの人がその胸に抱え続けてきゅ~~となり続けていると思う
どうか、母・順子さんのように伝えてくれたらと思うんです
「生きてやろうじゃないの」と声を出してくれた事に、感謝です

オートバイもそうだけど、湯たんぽのところだって
物と人との繋がりがちゃんとあって、そう言えばうちの婆ちゃんもそんな事を良く言ったなぁって思い出した
物は大事にしなさい、と言われた時はただ反発して終わるんだけど
違う人が同じことを伝えてくると、それは意外とスーッと入って来くる。
それはまた俺の婆ちゃんへの感謝にも変わる
どこかで何かこうやって繋がるんですね

程度の差こそあれ、東京に住む我々も被災者であり被災地なのだ
原発の被害は今も続き、スペシャル番組として思い出される想い出じゃなくて
現在進行形であることが、どこかでそれすら忘れているし・・・
母・順子さんが言った「79歳からのスタート」
何度でも、このスタートに俺も立ちかって、応援し続けていこうと思います。

特に最後の方に自分の半生と息子へ向けた手紙のような文章は
親子関係も含め、親の強気も弱気も入り混じり奇麗なものではないかも知れないが
手紙だからこそ伝えられた内容だったに違いない。
言えないよ、普通、こんなふうにドバッと。
誰もが自分の家族を思うんじゃないだろうか。
おれ自身、血流が速く、熱くなる想いだった。

凄くきれいな表現や粋な表現があったりと
親子とも素敵な文章でした
ありがとうございました。


その程度の差が、これから行動への葛藤の差にも繋がっている部分はあるかも知れない
東京に住むものも、違う県に住む人も、被災が続く現状や復興の停滞や状況の関心を、或いは原発の事、廃棄物処理問題など
遠ざけてしまうことではなく、知って
同じように前向きに

俺たちは、助けを求める人が掴めるほどの片手を伸ばしながら、
生活をしていくことが、関心を向け、応援をし続けることなのではないだろうか、と思う。


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届け、多くの方に!!



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