映画「遺体 明日への十日間」鑑賞
2013-02-24 Sun 22:55


『遺体 明日への十日間』 観た


    遺体 明日への十日間

ドキュメンタリーなどの震災や原発に対する何かを残した作品も

多くでてきているが

あえて映画というドラマを創作したのはどうしてなのか

作り手に何があるのか

実は、凄い気になっていて、気にしすぎていて、観ようか観まいか

俺はそれだけで人知れず1ヶ月くらい前から(公開前から)

考えていたっていう


エンドロール終了後、両手をスクリーンに向かってあわせていました・・・

そんなつもりじゃなかったのに、そうしちゃった



昨年末、知り合いを亡くして

今年2月14日に、祖母を亡くして

「遺体」という言葉は、嫌な響きではあったがずっと引っかかっていた

俺は直接は「ご遺体」という言葉を投げていないから

それは文字上でしか存在していたなかったし

葬儀屋さんが使っていても、ピンとはきてなかった


映画の中で「あれは死体じゃない、ご遺体ですよ」

という

そして、ご遺体に話しかける西田敏行さん扮する相葉さん

「寒かったねぇ、大変だったねぇ」

とご遺体に話しかけ、名前が分かれば名前で呼ぶ

そうことに婆ちゃんの影響かなぁ、俺はまったく違和感なく、そうだよね

普通話しかけるよね、なんて思ったりもして

安全な地から、2年を経て、共感を感じているものどこか胸に刺さってしまったが

安心したものがあった・・・


ご遺体に話しかけたら、ご遺体は尊厳を取り戻す


尊厳を取り戻す

これは強烈な言葉だった


人、になるんだと思った

話かけられただけで、存在してる証拠になるっていうか

それは孤独死が増えている今の社会にも、、、ぞくぞくっと刺さった言葉だと思った

ましてや、名前で呼ばれることは

個人を取り戻す、そんな意味になるような気がしてならない・・・

お墓に向かって手を合わせて、話しかける

これも、個人としての相手向かっているからこその行為だし

存在している証拠になる


ああ、そういうことだったんだ


と、腑に落ちた気がした



知り合いの通夜の席で、近くでなぜか故人と関係のなく不満をぶちまけ続ける人がいた

俺は許せなかった「ここは通夜の席だ、分かってんのか!」と息を殺して怒鳴ってしまった

信じられなかったが・・・

故人が存在している空間での、そのようなことが許せなかった



この映画の中でも、何かを話すときには安置所(体育館)の外で話すが

それは、人しての自然発生的な気持ちだと思った

あれほどの余裕のない中で

そういう尊厳を遺体に持たせ、そして行動できた人がいたという事実は

辛いけども、よかったと思わざるを得ない

母親のご遺体に娘さんが、母が黒くなっていってるので何とかなりませんか?と問う

相葉さんが、化粧を提案して、母親のご遺体は「人」を取り戻したような気がした

死後硬直の筋肉をほぐしてゆっくりと姿勢を戻してやることもまた、

ご遺体に「生」をもたらすことだったと思う


相葉さんが葬儀社で働いていた経緯があったということで

いろいろと現場が、命を扱う場所になったと思うんだけど

運ぶ人も、葬儀社の人も、そういうことをちゃんと知ってるからこそ

教え、諭して、伝えて、できた行為だと改めて思った

俺みたいな若輩者は、そんなこと基本的に知らないし

現場に俺の世代だけだったら、できなかったかも知れない、命の尊厳の扱いだったと

俺は思った

というのは、婆ちゃんの葬式のときだって、自治会の年配の方たちが中心になって

あれやこれやと色々と用意して下さったし

それを若い世代が一緒になってやっていた

若い世代だけだったら、絶対にどうしていいか分からないと思うんだよ

自治会のきずなの強さを、俺は地元山口で感じたように


大事なことを、命の尊厳、礼節、儀式、そんなことも含め

やっぱり年配の方がいないと、何にもならんなぁと


俺は思いました


そんな思いが、映画を観ながらオーバーラップしてきて

胸が熱くなった

目頭も熱くなった


映画が表現している部分は、実際の大混乱には全然及んでいないと

きっと言われると思う

体感した人は、生半可じゃない、もっと壮絶だったと想像に難くない

起きたドラマなんだという事

それでも、この映画は、生き残った人たちの整理のつかない状況下での

尊厳もった行為を伝えるツールであり

事実じゃなく、真実を伝える大切な映画になったのだと思いました

ジャーナリストが一切出てこないのが驚きましたが・・・

これが映画になった、ということが、十分にその役割を担ったということで

俺は納得しました

シーンには必要ないね



いろいろと解決していないけど

それを訴える必要が、

訴えても変わらぬ寄付金の金回りも、復興義援金の金回り、体制も

物申したい、物申した、作品も絶対に必要だが

このような映画も必要なのだと思いました

『知ってもらいたい』

という思いが地元の人もあって、

おかげで、想像さえできてなかったことが、これからは想像できそうです



それから

婆ちゃんがお化粧をしているのを、俺は通夜で初めて観ました

婆ちゃんが化粧をしたのって生まれて初めて観た

もっともっと、観ておけばよかった

うちの母や婆ちゃんの娘たち(伯母さん)はみんな「奇麗になって良かったね~」って

話しかけてたよ



そうだよねって、思います




PS・・・

プログラムを買うとき、前の人が「遺体 下さい」と言ったのにつられて

俺も「遺体 ひとつ」と注文してしまった・・・

店員さんも「遺体 おひとつで700円になります」って返してきたよ

音だけ聞くと、とんでもないやり取りだ


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