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葬儀と家族と自治会と(長文)
2013-02-18 Mon 02:11

祖母のお葬式で急遽、東京からはるばる地元山口県まで

心構えもなく帰省した



ふるさとからの眺め 

2月14日、兄貴から留守電で婆ちゃんが亡くなった事知ったとき

具体的には何も思い出さなかったけど

身体の血が熱くなった

それから、何かからだの中を剥がされたような

取れてはいけないものが取れたような気持ちの上での感触があった





Twitterでは、やや細かい経過を発してはいたけど

あまり公にすることでもないのも確かなこと

それでも、自身のことをつづる事は好きなので

きっと祖母も家族も了承だと思う


というか、まず兄弟三人がそろった事自体、実は10年ぶりっていう

かなりの疎遠ぶりだった

二人はそろっても、三人はなかなかっていう

タイミングの問題もあったけど

男兄弟ってのはそんなもんかもだね

ちなみに、独身貴族は俺だけだが・・・

そんな意味でも、再会の機会をばあちゃんは作ってくれたと思わざるを得ない


そして、婆ちゃんの子供たちに当たる、親父含め、俺にとっての伯母さんや叔母さん

20年ぶりくらいの再会もあった

小学校くらいのころは、よく夏休みに来てくれて遊んでいたのに

おちの婆ちゃんは子供5人、孫13人、ひ孫13人に囲まれ90歳で天寿を全うした

お葬式も200名以上の方が駆けつけてくださいました

今回、改めておどいたのは

地元の自治会の強さというか、協力のパワー


田舎なので、直接実家が葬儀場になるんだけど

東京にいたら、ほんっとそれって田舎でしかできないことなんだと改めて関心してしまう

その分、親父やオカンが大変だけど

周りの方のフォローが半端ない


それに風習や慣わしがあって、それは脈々と自治会によって

受け継がれている


葬儀の直前の食事を、お斎(おとき)と言って食べるんだけど

→これ お斎(おとき)


自治会の女性たちが、集会場で前日から準備して作って、集会所で振舞って

自治会の男性たちが、受付やら、力仕事をして下さり

火葬場に移動するときもまた、留守番をしたり、後片付けをしたりと

地域密着のつながりパワーを凄く感じた

もちろん、山縣家以外でご不幸があれば、手伝いに行くという

フォローし合う関係の自治体で

その中に、幼馴染が混じっていたり、小学校のころの後輩にあたるのもいたり

すっかりおじいちゃんになったオジサンたちもいたりと

懐かしい顔が、年は取れど変わらないのを感じる


普段、人通りもない国道沿いの道にたくさんの車がならび

しかも、うちは山の上にある家だから

お年寄りが多い中、集まるパワーはやはり熱いものがあった


俺の知らない婆ちゃんの顔を知ってる人たちはいっぱいいるだろうけど

三兄弟でも、末っ子の俺にしか見せてない顔もあったと思う

もちろん、長男にしか見せてない顔だってあるだろうし

母親としての顔、妻としての顔、いろいろあっただろう

その中でも、俺は、爺ちゃんと婆ちゃんと一緒の部屋でよく寝て

隠れておやつをたくさんもらい

勝手に爺ちゃんのおやつを食い

婆ちゃんのおやつを食い

・・・食ってばっかりだな

ばあちゃんの畑のスイカ、トマト、イチゴはがつがつ食っていたし

時にはお小遣いをもらい、時には買ってもらい

婆ちゃんには、実はお酒も飲ませてもらい(時効だよ)

将棋も花札もオセロも人生ゲームも俺はサシで勝負して腕を磨かせてもらった

婆ちゃんにルールを説明しながら、自分もさらに理解できたがゆえに

その辺のゲームはけっこう強くなっていた

おかげで弱い相手には特に容赦なく強くなったなぁ


東京出てから、ほとんど実家には帰ってなかったから

心配かけてたと思う


20年以上会う機会を失った人たちと

再会の場となったことに本当に感謝だ

既に従兄弟、従姉妹たちは、結婚していつの間にか子供がいたりと

不思議ときっかけをもらえたので新しい甥っ子と姪っ子と話せたし

子供のころからおじいちゃんだった人は、もっとおじいちゃんになっていて

今、じゃないと、もう会えないこともあるかも知れないと

何度か思わされた


ほんとは生きてるうちに、会わなければならなかったのかなぁ


20年前に爺ちゃんが亡くなって

「早く爺ちゃんのところへ行きたい」とこぼしていたそうだ・・・

今は、きっと向こうで安心してると思う



2月14日、兄貴から留守電で婆ちゃんが亡くなった事知ったとき

具体的には何も思い出さなかったけど

身体の血が熱くなった

それから、何かからだの中を剥がされたような

取れてはいけないものが取れたような気持ちの上での感触があった


それから、手を合わせて何度も
「ありがとう」
って俺は拝んでしまっていた

その言葉しか、なかった

ありがとう、しかなかった


2013.2.18 





 

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