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たけしさん、言うか
2015-06-22 Mon 01:13

北野武さんが遊びに来いという言うので

自宅に遊びに行ったら

6畳一間の部屋で驚いた


そして、北野武さんが言った

『いいんだよ、おいら、寝れる場所があれば』

って・・・


それで、俺も、大の字になって2人並んで寝た

『そうか、寝れる場所があればいいか』

って・・・





     
北野武 山縣有斗 


そんな夢を見た

(なんだ夢かい!って思ったろ?)

ナンだったんだろうか


たけしさんをリスペクトはしてるが、そんな潜在意識に紛れ込むほど

思っていることもないのになぁ・・・



でもね

寝れる場所があるってのは、確かに幸せだよね


雨が降ってたり、寒かったりすると

時々実感する



※タブレットで描く絵は、本当に下手だね

指使い、難し過ぎる!
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腰をあげる 2015年
2015-06-13 Sat 01:54


定まらない

それだけは定まっている

安定しない

それだけは安定して言える

同じことは

ずっと維持され続くものではない



変わっていくのか

それを成長と呼ぶのか

後退と呼ぶのか



2015年・・・

3月 『Interview with KA』

8月 『Persona Train ~ReRecreate(再再演)~』

11月 新作書きおろし決定 『奥さんみりんはいかがです(仮タイトル)』


年間3本、自分の作品を公演するなんて

2009年、ちょっと挟んで2010年以来じゃないだろうか


ようやく

重い腰を、少しあげました

重かったなぁ、この腰

いや、でも、まだ、重いんだ、この腰


たいした作家でも、演出家でも、ありませんが

孤独のまま、このまま没するより

一歩踏み出してみようと思い立ちました

量産はできないし、ペースも速くはないけど

社会の塵の一部であるから、その塵を社会に返そうってな気分

いや、いいんだよ、わずかでも、それを覗きたいと思う人がいたら


俺は夢は実現してしまっている

「なる」事は実現しているって意味だけどね

あと欲しいのは『愛』と『平和』と『家族・家庭』以外・・特にない

あ、あともう少し、お小遣いが欲しいなぁ

やべぇ、どれも難しいのぉ・・・と38歳がぼやく



腰が重い間、離れた人も多いし

俺自身、連絡取らなくなった人も多い



この思い腰について少し語っておきたい


     
前を向く 








★ この先、長いよ~~


2010年の秋、以降

ほとんどの作品創作を一度活動休止とした


『俺は休む!』


と高らかに宣言した



なのに・・・

ワークショップをしないかとお誘いがあり

ある種、渋々な中、実は始めたのが2010年12月だったかな


渋々って言ったら申し訳ないけど

だって、俺は、自分の幸せを追求したいと思っていた

演劇は色々な出会いをくれたが

決しておれ自身を幸せにはしていないと感じた

大事なものが手の平から抜け落ちていっているような諸刃の剣状態だった

年間4本も新作書いて、動くことは、忙し過ぎたしバカらしく感じた

演劇から遠く離れたいと思っていたんだよね







なのに、底辺で、月2回ほどのワークショップが始まり

断ろうとして、悩んだが、少し演技と繋がっておこうと

残したパイプだった


翌年には

2011年の春、大きな揺れが関東で起こり


昔の山縣脚本で、新人劇団が舞台をやりたいと申し出もあって

実は、3月下旬に公演予定だった

その公演が震災の影響で3月下旬の公演を中止し

5月に延期となった

脚本以外はノータッチだったが、出演者が震災で離れたらしく

キャストは足りず

山縣作品は上演できず

即興的に何かをした舞台に終わった新人劇団



俺は逆に公演をする友人たちに

そんなんやってる場合じゃねぇぞ、って

俺だったら中止する

余震も続いた状況で思っていた

やるなら、「地震対策のうえ、しっかりな」とは思ってはいたが・・・


実のところ

危険な揺れや原発の状況の中、公演している意味さえ分からなかった

それは、演劇やダンスだってそう思ったくらいだ

なんか音楽はね、なぜか、とても力があって必要だと感じていた

それは見せ付けるものではく、一緒に共有しやすいからか

音楽というのは、他とは歴史が違うのかも知れない



観にいく事にしたダンスや演劇の舞台で、

俺は元気なんてもらわなかった

ただ、問うた

『どうして、それを、今、この時に、どうしても、やりたんだよ!』

って


怒りすら実はこみ上げたりもしていた

せっかく書いたから、場所をとってあるから、人を元気にしたいから

私たち、頑張りますって



いやいや、状況を知ろうぜとか

調べようぜってさ

やばいよって

情報がスポンサー(原発メーカーと電力会社)のパワーで操作されつつある中

放射能は撒き散らされ余震は続く中

不安をきっと誰もが抱えながら公演していたと思うけど

震災起きたばかりの数ヶ月ってのは、

チャリティだろうが、都内で、勇気を出したかのような公演は

違う気がしてならなかった



そう思いながら、月2回のワークショップは継続されていて

参加者たちの目は、何かをしたい

という熱を持っていた

震災後の最初のワークショップで怪我もなく顔を合わせた人たちの顔は

俺をほっとさせた

どうしたらいいんだろうか、と思った





俺はと言えば、4~5月

ただ

ひたすら絵本を描いた

誰にも迷惑かけず、やれることが、これだった

これしかないと思った

何か必死になった、自然と自分の距離を思った

これこそ、『なにやってんだよ』って思われただろう




絵に向かったことで

俺は子どもの頃に感じた、ものづくりの興奮を再び味わったし

描きながら、手が震える瞬間があった

泣きそうになりそうな瞬間を越えて

『伝えたい』というマグマが物凄く動いた

何より、その世界に自分が救われた



本来、人間は感じたことを

即表現したい、と感じる生き物である

それをいつしか抑えて(抑圧)、閉じ込めてしまう

「あれをしてはいけません」「こうしなさい」と言われ

感じたことを即表現することを

制限されていく



衝動を大切にしたい

と改めて思った

それがないと感じたアートには、俺は不感症になった



演劇について、この表現は何なんだ!と問うた

当時、プロデューサーの手腕もあり

今、動くまま、1本、再び書いてみようと

2011年11月に、ワークショップ参加者の出演の場を用意した公演をした


プロデューサーや手伝った人は、

もちろん、さぁ次は!

次はいつだ!

まわりも次は?

力貸すぜ、動くぜ?

どんどんやらないと意味がない

走りだしたら止めるわけにはいかない



と背中を押してきてくれた

会社を立ち上げようとしていた

しかし、俺は

実は、まったくやる気になんてなれなかった



だから、その後、

2012年は

30分作品の再演をしただけで

新作をいっさい書かなかった

新作を書かなかったのは、実に10年ぶりくらいだろうか、

やっと書かないことができた、実現できたことにほっとした




そして、援護のない状況を選び、

俺は再び独りになった

力を貸したい、一緒に何かを成し遂げたい、芝居したいと思っていた人たちが

いてくれた事に感謝しているが、当の本人がこれじゃ

どうしようもない



ただ、演技を追及したい熱い志を持つ俳優がいた

だから、ワークショップを自身で再開することを選んだ



しかし

俺は脚本を書く気さえしなかった



その年に見た、演劇で、心動く作品はほとんどなかった

しいて言うなら野田MAPだった

あとハイバイの『手』は響いた

演劇やダンスやバンドをやってる人たちが

今、この日本で起きてる事に、すげぇ無関心で、夢を追ってる姿に

俺は愕然とした

無関心というか、知る機会を自分で得ない、耳を塞ぎながら

あるいはメディアで少し浅い情報を得ながら

漠然として、『俺にはこれしかねぇ』みたいなスタンスが許せなくもあった

(もちろん、そうでない人もいたが)

いや、それは20代の頃の、かつての自分に許せないものを感じて

他の人に投影したのかも知れない




そして思った

こんな世の中に誰がしたんだろうかって


お金を儲けなさい

7つの習慣、金持ち父さん貧乏父さん、成功の秘訣、などなど・・・

夢を叶えなさい

と喧伝された2000年代


世の中を数字やお金に変える人間関係の法則

それは同時にどんどん社会的弱者を増やしながら、それをバカにして上にのぼる

投資や株をやっていない、知らないの?あんたバカだよ、と

ホリエモンのごとく、自己責任論を振りまく

なんとなく人気の小泉首相に、どんどんなし崩しに崩された自衛隊の領域

民営化の搾取主義とアメリカの犬的アクション

広告代理店のパワー

原発メーカーと電力会社の最強タッグ


随分、見ようとしなければ見えない事を見てなかった事を改めて知った


そこかしこで『さぁ、みんなお金持ちになろう』ってバカな合唱が起こっていた

『就職して、頑張ろう』って合唱が起こっていた

『景気をよくしよう』って合唱が起こっていた



バカたちは、バカのフライパンの上で踊ってなさい

と言いたげな世界

踊っている人は、踊らされていることに自覚などなく

普通に営む

そして、知識のある人たちは

あんたらが無関心のうちに、こっちはこっちの都合よく進行しますぜ~

って、日本を動かす企業や政治家がやっていたわけで



震災が起きる前から、報道されなかったり

消された声をたくさん知った

必死で訴え続けていたアーティストもいたことを知った



やっと衝動が起きた


何か、形にしたい、それも演劇を越えたもの

何でもぶち込め!と思った

即表現したい

はっとした!

俺は、そのための準備をしていたことに気がついた


そして生まれたのが

2013年初演となる朗読演劇

『Persona Train』

だった



でも、それ以外をやる気にはやはりなれなかった

(ミュージカルは書いたが・・・)

2014年

新作を書かなかった


しかし、『Persona Train』初演を観た男がプロデューサーとなって

そして、2014年『Persona Train』が再演となった



ワークショップだけはやはり続いていて

別件で

志の割には

努力の薄い俳優たちをたくさん観てしまったので

そんな俳優たちではなく

演技を磨く熱を持つ俳優たちとなら

俺は演技を追及しつつ作品を書きたいと思った

(俺が思う、いい演技を追及できる努力ができる人たちってことね)


そして、2015年



上に戻る↑(2015年って書いたところに続く)



いやぁ書いてみると偏見に満ちた俺の目線だね~

 辛さを知らず、前向きに生きるのではなく
 辛さを知って、前向きに生きることが必要なのだ

素敵な映画や舞台やダンスはたくさんあります

それは感じた方は人それぞれ

その時の観る人の体調や気持ちで受け取り方も変わるもの

ただ笑いたいときもあるし

ただ泣きたいときもあるし

決して、世に生み出されてる表現を否定しているわけではありません

ただし、世の中で起きてる事を見えなくすることに力を注ぎながら

流れる情報やバラエティや紙面などに

ちゃんと「?」と疑問を持ちながら

時に議論しながら

俺はその上で踊りたいものです

その上で、ただバカな事をしたり、したいものです



或いは

知った上で、心のバランスを取るための、素敵な娯楽にたどり着きたいものです

 





って顔で、前を向きます。。。。

ようやく。





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Mr.Children みかん
2015-06-06 Sat 00:24

Mr.Children 新譜を拝聴





     
見スチル みかん

一曲目の『未完』から強烈な熱を感じた


凄いバンドだなぁ
改めて、メジャーなのに凄いなぁ熱が
って想った


俺ね

『未完』でね

涙がつーっと来ちゃったよ


完成されない姿、が、まだまだあるよね

参ったなぁ


「いっそ飛べない鳥の羽なんか もがれちゃえばいい」ってさ

「そう ぼやいてみたって未来は手を差し出しちゃくれない」

「そう ほざいてみても試練は手を緩めちゃくれない」

 省略

「自由 自由 自由」ってさ


いやぁ、くるなぁ

こう言えちゃうんだ、45歳たちが・・・

色々あんだろうなぁ



  
観スチル みかん



ぐぐっと、流れちゃったよ、38歳の涙が

お恥ずかしい。。。



このコブシ入る、Rock!


※自分の歳を最初39歳って間違えた・・・最初記事読んだ方
 山縣はまだ、38歳です

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