2014年終わり  ひと手間が愛しいと思えます、と言ってみる。
2014-12-31 Wed 01:48





大晦日ですね

いよいよ



今年は、来年の絵の個展と
舞台の脚本と
準備が溢れていて
ゆっくりする事が出来ないなぁっと
思いつつ
ゆっくりしています(っておい!)


2014年の今年は

4月に1日限りの川崎チネチッタでの個展

6月に朗読演劇『Persona Train』のリ・クリエイト公演


上半期が非常にバタバタして
進行してきました

その後は、AW(Acting Workshop)を継続しながら

日々、勉強する時間をたくさん使いました
だって、集団的自衛権が閣議決定され
衆議院が解散してあたふたしている間に
秘密保護法は決まってない事が多いまま施行されましたし


俺はもう、ただ面白いものを!
受けるものを!
人が喜ぶものを!

って視点だけでは
って視点を大半にしては
作品を作れなくなってしまいました。

ただ、がむしゃらに作品を放出し続けるって事も
正直できなくなりました

それで突き進む人を
否定はしないし
とても大事だと思う


しかし
おれ自身が、どんどん変わってきたのだ。


肩の力を抜くこと
しかし、ヘイトスピーチや日本の戦中や戦後の様子
そんなものを勉強していくうちに
また違う問題が世の中、放出されていたり
これがホント次から次へと起こしてくれるもんで・・・
次から次へと追いかけて勉強して、と
繰り返すうちに半年が過ぎてしまった
というのが素直な感想で

一方の意見があったら
その一方は自分が都合の良い情報で話しをして
別の意見の人は
その別の意見の都合の良い情報で話をしていて

って事が意外にもあるもんだと思うが
突き詰めると

おいおい日本って事に結局なる
おいおいおい
俺たちはこんなんでええのか
彼らに舵を取らせてええのか

他の人の意見をいちいち論破する事を
わざわざする気力もないけど
顔を合わせて話をする場合
とても勉強になる


そして

演劇や絵や映画は
はたまた音楽は
あるいはダンスは

っていうか
アート全般は

それらを噛み砕いて
表現し得る
戦争ではない、平和的行動だと思う


その中で

俺は、俺たちは、何をしていくのか

という事に
2011年以降
じわじわと、頭に熱き気持ちが粘着して
大きくなっている


俺の
好きな人や
好きな人たちが
平和に、わいわい賑やかに、仕事しながら
家庭を守りながら
糧を得ながら
生きてる

って事を願い
欲しがりながら

おれ自身が、なかなかその力になれないでいる
そんな気分を時々味わう

悔しさは
ある

その欲求は
結局は自分の為ってことでもある

だから、
やるさ


先日、珈琲豆をゴリゴリする
ミルを頂きました!
念願の!

    
ミルと山縣有斗 2014年 






念願のミル!

そして、4種類の珈琲豆と一緒に。

このひと手間が大事だと気づかされた。
ゴリゴリ回しながら
ちょっと開けて、珈琲の香りを嗅ぎ
そして、また回す
珈琲入れるまで10分以上かかるけど
とっても、いい時間です

     
ミルの中身と山縣有斗 2014年

それは料理もそう
時間を買うって事で外食をしたって
料理を作るという手間が
どんなに素晴らしい行為か
俺は実感してしまう
面倒な時もあるし、仕事あるから時間を使いたくないなって
思う事もあるけど
何か、生きる、っていう事は
こんな、ひと手間の重なりの中に実感があるような
そんな手ごたえを感じてしまうのです

そんな38歳

です

でも大掃除はしていません。


でもでも、今年最後の自己トレーニングは
ど寒い夜中にやってきました
トレーニング納め、です。
このひと手間

大事だなぁって
身体が喜んでる

汗かくこと、すげぇ大事だよ、やっぱり
冷や汗ばかりかくような日常が多ければ多いほど
気持ちいい汗かく時を獲得しないと

心体が、ひーってなる気がする

みんなが同じ価値観でいることはないですが
それを実践して生きてる方々や
それを良しとして生活している姿を見ると
羨望の眼差しで観てしまう自分がいます


そんな意味では
俳優という仕事に出会えてよかった
でないと
こんなに俺はトレーニングなどしないでしょうから


ですが
俳優の仕事がもっとも少ない近年です
依頼をお断りすることもありましたが

社会的発言をしていくと
きっとどんどん干されていくでしょう~
なんてね

という事で



今年も
ご声援とご協力
優しい目線、厳しい目線、笑顔、エトセトラ・・・

ありがとうございました。

    2014年 ラストの山縣有斗









2014年12月31日
山縣有斗









スポンサーサイト
別窓 | 風のたより | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
38歳になり 30年ぶりに再会した 女 !
2014-12-20 Sat 13:13


38歳 なっちゃった

何も誤魔化していないので、本当に38歳

お祝いの言葉

いろいろと頂きました

ありがとうございました~。

嬉しい、「言葉」ですね。




ある人から見れば、俺はもっと年上にみえ

ある人から見れば、俺はもうちょっと年下にみえる




この、人が受ける印象は

勝手な印象であるけど


多くの人がそうかも知れないけど


実年齢とその年齢に抱いていたイメージとは遠い。

だいぶ目が、というかマブタがたれて・・・

どんどん目が消えていきそうです




10年前

      
28歳 山縣有斗

38歳



      
38歳 山縣有斗 







俺はどこへ向かうのか。。。



そして、俺の38歳の誕生日には

30年ぶりに、ある女と再会しました。

彼女です



    
羊飼いの娘 ミレー展 

   『羊飼いの娘』です





今年はミレー生誕200年記念 三菱一号館美術館にて

ボストン美術館 ミレー展

を観てきました。

        
ミレー展


再会した彼女は変わっていなかった。



俺がまだ8歳の頃

母に連れられ、兄貴たちと一緒に

山口県立美術館に『ミレー展』を観にいきました。

その時、ミレーなど名前を知らなかったけど

その絵の色の美しさと柔らかさに、圧倒されてたハナタレ小僧こそ

在りし日に俺なのです。

たくさんの作品の中でも、この少女はとても覚えていて

少女に見えなくて、何で、こいつ少年じゃねぇの?って

でも、どこを見てるか分からないけど

鳥を解剖してるようにも見えたり

羊飼いって仕事がある事すら分からず

でも、風景は俺の地元とは全然違うけど

世界の広さを感じて

世界には、こうやって羊飼いしてる少女がいたんだ。。。って

感動したのを覚えている

もちろん、この絵の下にもともと違う絵が描かれていて

それを塗りつぶして描いたっていう

『お金がない』という画家の状態など、驚いた。

その時購入した、『ミレー展の図録』で何度も

学校をずる休みしたり風邪で休んだときに読みまくり

8歳の少年は、この図録の絵で何度も感動しているのです。

今も東京に持ってきているくらいで


『種を蒔く人』ともまた再会した感じがある


30年ぶり・・・


『羊飼いの娘』は再会して

ひとり・・・涙が沸いてきた


分からん

何の涙かは


でも、嬉しかった

あの時は、もっと下から見上げたんだなって自分の事情もあるし

こんなに大きかったっけなっていう圧倒もあるし


分からん

何の涙かは



でも、ホンノモを観ることは

自分の胸のざわめきを体感できる時間なのですね



これだけは確信しています。


LIVEという事には、展示もそうですが舞台もそうです

映像の中でLIVEで生きることもそうです

書くという抽出するLIVEもそうです




とりあえず

幼少の頃、というか小学生の頃

褒めらた事が、

俺が熱中して好きなことやって褒められたことでもあるし

きっかけもらってやってみて褒められ手ごたえを感じたこと

それが、今でも続いています


文章を書くこと
絵を描くこと
映画や演技に圧倒され、学校の劇や出し物で演技と演出したこと


酷い話

昭和天皇のモノマネとか、よく事情も分かりもしないのに

やって、なぜか爆笑取れた、小学校時代

もはや

そんなチープなクオリティは通用しない世界に生きていますが


好きで褒められたことが、、、

今でも続いています。





別にいろいろ褒められまくったわけじゃないく

基本的にはうちの親はほとんど褒めないけどね

だから褒められた事って大きかったのかな


されど色んなきっかけをくれていたことに

感謝します






38歳 燃焼しきれていない残エネルギーを放出します

またよろしくお願いします



2014年12月19日
山縣有斗

別窓 | 芸術 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
生まれた時からこんな箱の中にいるから、悪いかどうか分からない。のかも。
2014-12-14 Sun 00:40



選挙に行くこと

20代ではほとんど行かなかった俺に言う資格があんのか?

ある、有権者だからさ


自分のやりたいことだけやってりゃええって事じゃないんだよね

それは周りに無関心になる事を意味してしまってる

幸い作家業があったからこそ

自然と興味が向き始めたから良かったと思う



きっかけは溢れてるはず



俳優や作家は、起きてる事に当事者として

ガンガン受け取る資質は本来必要なのに

ガンガンスルーしてる姿を目にするのは、非常に悲しいんだ。。。



人のことはいいっか

人のことは言ってられんよ

って事が、逆に、離れてしく・・・政治から。

自己責任という言葉が溢れてさ

それが何をしても自業自得して

成功論がまかり通ってて・・・

不労所得を求めて、

あるいは支配層を求めて、

追い求めて

って喧伝されまくった飽和市場主義の中
 

気がつけば、労働者という檻の中で

何かずっと大変だぁ~~

なんだかな~っていいながら



でも、それって社会とか政治とか関係ないところであって

俺たちには関係ないわ

って、思っちゃうんだよね。


  
描け~


自然に檻の中に居らされてるのに・・・

生まれつき、

エスカレーター式に、

その檻の中にいると

当然気がつかないんだよ



バッタが狭い箱の中で育ったら

その箱の天井以上の高さに飛べなくなるように

だって、それ以上先がある事を知らないし

閉じ込められてる事を知らないからさ



気がつかない方が幸せなのかな?
 


ちょっとした出口を見つけた人は

まだ出口が見つかっていない人から利益を奪い取ることを

発想していくさ

無知から奪いやすいからね



支配層って、どんだけ汁吸ってるんだって事

その支配層に合わせた発想を

お持ちなのが、生活の苦労を知らない二世三世の議員や

首相なわけで

地上に住んでいないんじゃないのか?

って発言が、総理にも副総理にも感じられて

驚くばかりさ


原発村、安保村、という金脈と支配構造は

武器輸出、原発技術の輸出



総理は

『戦後レジーム(体制)からの脱却』


と・・・言い続けているが

沖縄の辺野古基地問題があって

その中で、それに対抗できる翁長知事が当選したという事は

まさに、戦後体制、

つまりアメリカ軍支配

からの脱却の一歩だから

安倍さんは万歳すべきだろ~って思うんだけどね

戦前レジームを歓迎してる行動ばかりだし

集団的自衛権と秘密保護法のセットだぜ。

日本が強いとか

経済大国とか

他のアジア人より偉いとか

純血の日出る国

なんて、平気で上目線で立つ行為や行動が

どれほど世界を恐怖に陥れているのか



いくらアホな俺でも

気がつくよね

箱から少し出ればさ。


箱から出ようぜ





日本人だからってアジアで偉いわけじゃないぜ

むしろ第二次世界大戦敗戦時には

自爆攻撃するし、

虐殺するし、

自決するし、

天皇の命令には絶対だし

ドイツと並ぶ、二度と兵器を持たせてはならない

敵国だったんだ

 

これ、俺もやっと気がついた。。。
 
 


ヒトラーのこと、ホロコーストのことは

凄い映画や歴史で伝わって

俺たちは身の毛をよだたせているけど

我が日本だって、

世界から見たら、そういう敵国だったんだ



同じく敗戦国であるドイツは

周りの国へしっかりと謝罪し

信頼を固めてきたが

日本は、どうやら、ジャイアンの影に隠れて

経済だけ発展して、

偉そうな顔を取り戻したんだから

そりゃ・・・周りの国は『おいおい』ってなるよなぁって



戦後レジームから脱却するには

現政権のTOPが違う授業を受けるのを待つか

あるいは、既に認識がある有識者を立てるか

それが問題だ。



そんな俺のアホな思いも一方的なんだからさ

議論が出来る

国会であって欲しいさ

その為に独裁は避けないとでしょ~~。









別窓 | がぶりより日記 | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
| 役者ノートブック |