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らくがけよう! 自分の壁に。
2014-10-30 Thu 10:14


       『 らくがき like BAKSY 』

   
山縣と LIKE バンクシー 



======================= この絵に寄せて
絵の中には
俺は救われる色彩を求めて
どこかいるんだけど
でもね
表現としてある以上・・・
我慢できなかったよ
俺にはBANKSYのように、壁に描くほどのパワーと
センスがねぇから
壁に描く、絵を描いたよ
形をまねることは出来る
だが、それは演技と一緒で中身が何も無い
大事なのは、そこに流れる衝動なんだよ、マジで
衝動があるから
俺は
描いちゃった。
BANKSYは
ガザのパレスチナの壁に
絵で砕いて、その中に空を描いた

    バンクシー ガザの壁
イギリスの壁に
消費社会、監視社会を訴える為
そのおかしさを壁に描いた
テロリストが持つ火炎瓶や爆弾を
花束に変えた

   バンクシー 1
すげぇ
絵ってすげぇだよ
そんな力があるんだよって
やっぱ思ったのよ
思わざるを得なかったよ
さぁ
この落書きを消す人は
誰?
平和を消す人は誰?
この大人は誰?
右翼?自衛隊?首相?
現政権を悪く言う人、みな左翼?
難しいものは分からない?
誰でもない
俺ら、日本人だよ
憲法第9条、曲げる?
消す?
スルーする?
集団的自衛権や秘密保護法、原発再稼動
止まらない放射能汚染と環境汚染
知らないという温泉に浸かる
俺ら。
右へならえの報道に、
情報薄く、右へならう事に慣れた
慣らされた
我ら。
何を偉そうに
こーんな
絵一枚に対して
言うことうるさい?
多い?
じゃ、俺は『かもめのジョナサン』として
はみ出したまま、追求するよ
絵一枚じゃ
何にも変わらんけどね。
ああ、山縣が
演劇も越えて、映像も越えて
絵でも言い始めたってことさ
俺は病んでる?
病んでるのは俺?
自民党?
ならえの人?
それとも、ひとくくりに
日本人?
世界?
次の世代に何を残す?
で、何を消す?
あの落ちたメガネは、誰のメガネ?
イマジン。。。
俺は青い?
届け。
2014/10/24
======================



全体図、俺込みでブログにも公開(俺は邪魔か!)

この絵の全体を観て驚いた、って声もありましたが

基本的は多くがスルーでしょう


でも、「あ」って

一瞬でも思った瞬間があったなら

きっと、いつか、「あ」って

思うときがあるかも知れない

今、あるのかも知れない

ないかも知れない

誰も知らない



絵に癒されることもあれば

ぎょっとさせられることもある

気がつかなかった想いを知ることもある


歌だって

歌詞の意味や背景を知ったとき

その曲が訴えるものが変わるように


様々なものにアートのハートは潜んでいる

それは、それぞれの衝動から生まれた

『衝動』

これがあれば、良き事も悪き事も

人は行動や形にし得る






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絵のWORKS 下手でええんじゃ!って思ってるよ。
2014-10-25 Sat 01:34



ずいぶんと寒くなりました

描く手も、

寒いなぁっと実感しています


ピエールも

すっかり、ほんわかさせるキャラになってきた

この1年


自分の絵に向かう探求も変化してきて

楽しみながら

表現を試みています


      ピエール 6~10月

  ※歴史を少し感じるね、ピエール

 




されど、山縣だから、こうだ!っていう

ほどの何かを全然確立した訳でもなく

勝手ながら

画風という面において

俺など全然たいした事など、ないでしょう



新しいもの、新しい表現、を追及した

絵描きではないからね


俺にとって、発見した新しさはその都度あるが

それは技術的に無知ゆえ起こる新しさなのだ

学校に行けば教えてくれたかも知れない技術や色について

発見しながら、実感しながら

ある種、行き当たりばったり

その発見に興奮している次第です



2年半前

絵が大好きな20代前半だった人と会ったとき

彼の絵の技術に驚きました

美術の学校に行っていたと思うんだけど

俺は、凄いなぁって思っていたけど

そんな彼は、悩んでいて

人に自分の絵を見せられたモンじゃないって思っていた

新しい表現

賞を取る絵

評価される芸術

そんな追求をしなければならないと

思っていたという・・・(それも驚きですが)



ある人の紹介でたまたま一度会っただけだが

俺が展示する

ピエールの絵を見て、彼は衝撃を受けていた(笑)



「あ、描きたいものを描いていいんだ」



と、思ったんだってさ

俺にとっては「ええ!そりゃそうだろ!」っていう衝撃

「描きたいものを描いちゃいけないって思ってたの?」

って、疑いたくなるような鈍痛のような驚きがありました。


★もしかしたら、こんなんでも発表していいんだ

っていう勇気を与えたのかも知れないが・・・
(この可能性の方が大です)


美術学校ってどうなってんだ!(一部だろうけど)

って思っちゃったくらい

鈍痛って言ったけど、それが時々、今も思い返されるくらい

描きたいもの描いてええに決まってるだろ~と。

一部の学校や教師は本当にバカだなぁって思える。



彼の絵は、素敵だった

ノートにびっしり描いていて

何冊も描いていて

俺にまったくない技術が詰まってて、素晴らしかった



そんな彼は、その後、個展を実現しました。。。

凄いね。


偏差値や点数稼ぎ

評価や顔色を伺うのは、結局、表現の邪魔なのだ

それは演劇や映画や小説や絵も

あらゆるアートはそうじゃないだろうか



俺が唯一、気にしてしまうのは

好きな人が、俺の作品をどう思うだろうか

っていう、かなーり小さい枠で

くよくよ

どきどき

するさ

俺が好きな人が

俺を好きな人が

作品が好きか嫌いか

それだけで世界が動いてしまうくらいさ


なんだ結局、人の顔色を伺っているじゃないか

となるかも知れないけどね


そりゃそうだ

周りなんて関係ねぇよ、と思うが

好きな人は関係あるよ、って事だよなぁ



みんなお母さんに褒めてもらいたいだろうし

お父さんに褒めてもらいたかっただろうし

それが叶わない人の自己顕示欲はどんどん膨らむさ


タレントの一部は、その手の骨頂さ

と思っても差し支えないんじゃないのかなぁ

いつまでも満たされない

どんなに人気があっても

落ちることを考えると、不安で・・・

そして、病んで芸能界を引退した人を俺は知っている

それを潜在意識化で抑えて

自己で気がついていない人もいるし




知った上で、超越しちゃったアーティストもいる


知ってる?



ジョン・レノンだって、ずっと苦しんでたんだぜ?

アーサー・ヤノフっていう人の原初療法、心理療法を試したくらいにね

 


好きな人

大事な人が

どう思うのか、究極、そこって超小さい世界だけど

デカイんだなぁ

子供の頃から

ほんとはそうだろ?



話が長くなったなぁ

ちきしょう!



そんなこんなで

描きたいものを、俺は描くさ


という事であるが。

独自のなんて、まだ見つからんさ。

でも、影響を受けたものは、そのまま受けて

取り込んで、都度変化していくよ



それで、今回描いた新作は

ちょっと観てほしい

目にして欲しいなぁって思っています。


ピエールじゃないよ




『らくがき Like BANKSY』というタイトルでさ



----------------------------★


『らくがき Like BANKSY』 


   
らくがき LIKE BANKSY 3分の1 






2014年10月23日 アクリルガッシュ画
注)全体の3分の1の切り取り画像です
 

----------------------------★



facebookのページ

『絵本とイラストと絵と』 というページでね

絵の全体の3分の1をまず発表しています。

自分の絵を画像ながら

切り貼りしています・・・。


これは、facebook上の検索で

『絵本とイラストと絵と』 って調べたら出てくるから

ぜひ、覗いて下さい。


全体図は、また近日公開します

『絵本とイラストと絵と』のページの中でのみ。

になるかと思います。



こんなに引っ張っておいて

全然、たいした絵じゃねぇじゃねぇかって

思われそうですが


へへへ、気にしないぜ。



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形あるもの、みな壊れる・・・うううん、さらば!
2014-10-21 Tue 00:34


長年付き合っていた、グラスが割れた・・・


はぁ。


     
ありがとう グラス 








これは、確か、上京前、
大阪の南港で購入したグラスだった気がする

大きいサイズで、がぶ飲みの俺にぴったりな奴

ちょっとした不注意で

15年の歴史も、終わってしまった。。。。



『形あるもの、みな壊れる』



名言があるが

形にこだわっていても、しょうがない
モノに固執してもしょうがない

大事なのは、もっと違うモノ

と言えども
この市場主義、誇大広告、飽和状態のいらないモノが
溢れる中

ひとつのモノを大事にしようと
思ってか思わないか
自ずとそうしてきたが

寂しいもんだね


同じ状態であり続ける事なんて、出来ないモンだね


そして、つい先日
長年愛用していた

ネックレスのチェーンが切れてしまった!!


ああ、ナンだろう、この感じは!!

これは、つい先日、すぐにチェーンを買い換えたけど

一瞬の出来事に、唖然としてしまったよ





  
     
ネックレスのチェーン 山縣有斗 


これも、15年くらいの付き合いなんだよ・・
何かの糸がふっと切れたのか

そんな比喩で考えても
ただの偶然に意味をつけようとしているだけなのか



ずっと、同じ、なんてやはり無いのだろうか
時間の流れは続いても
形あるものは、変わるものだ

形のない
心も
自由に姿を変えるだろう


とすると変わらないものなど
ないのだろうか



先日見たオルセー美術館の絵たち

あの価値こそ変化してきただろうけど

その絵という存在は

変わらず

保護されれば

在り続けるだろうし

でも火事にでもなれば、なくなるんだろうし



しかし自分が一度認めた価値は
そのハートの中で行き続ける

身体が朽ちても

魂が残るというのなら


その価値は、永遠となる



理論上はね

でも、そういうの信じたいなぁ



ああ、エンドレス・・・



しっかし


俺は何て物持ちがいいんだろ!!

女と持ち物は大事にするタチなのでね。



グラスさん
ネックレスのチェーンさん


ありがとう、そして、さよなら



※酷い写真だなぁ、、、これは
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ジュリアスシーザー ブルータスお前もか!?
2014-10-16 Thu 11:29



『ジュリアスシーザー』 蜷川幸雄演出のシェイクスピア

彩の国さいたま芸術劇場で観賞した

世界のNINAGAWAを初生観賞でした。


ジュリアスシーザー

とても観やすいシェイクスピア
こんなに視点がしっかりと誘導されるのは
逆にシンプルで驚きます

事前に、本も読んで挑みました

以前、世界の鈴木忠演出の『どん底』『リア王』を
国立劇場で観賞したことがありますが
(どん底はゴーリキーです・・・)

これは完全なるSUZUKIメソッドの枠の中で
俳優がぎゅんぎゅんになりながら
それでも雄たけびをあげているような
そして、斬新な籠や車や
日本語、韓国語、ロシア語が入り混じる
不思議な感覚を覚えています

一種独特のモノ







      
ジュリアス セット





されど、この『ジュリアスシーザー』は
作品そのものも分かりやすいのかも知れないし
空白が多いからかも知れないが
とても、観やすかった

ジュリアス・シーザー(横田栄司)
キャシアス(吉田鋼太郎)
ブルータス(阿部 寛)
アントニー(藤原竜也)
ブルータス(阿部 寛)

この組み合わせも非常に面白かった
慎重差や体格差、引き立てあっている構図

アンサンブルで何役もされる俳優たちも
とても、集中力高く
全体の空間がしっかりと、グワン!って生まれて
圧倒されるシーンもありました。


そして
シェイクスピアの台詞は、日本語にするとあんなに
力んだような言葉になるのかなぁ・・・と
それはやはり実はネックな箇所です

一番リラックスされて演技を感じたのが
ジュリアス・シーザー(横田栄司)でした。

たとえ、力が入ろうと
感情はぐぐっと流れ出す演技に、阿部寛さんや
藤原竜也さんのエネルギーを感じ
興奮しました


また、違うシェイクスピアを見てみたい
そう思いました。
これは第29弾らしいので、さらに続くのかなぁ
楽しみです。


観終わったあと
舞台、いいなぁって、感じさせてくれました。
嬉しいなぁ、熱くなる。



なんだ偉そうに、って言われそうだけども
個人的な感想だからいいんです。

しかし、出演者が著名でええ男だと
お客様が、ほとんど若い女性になってくるっていう
舞台を支えるお客様は

女性強し!!

ですね。

実感します。
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ノーベル平和賞 
2014-10-12 Sun 00:42



洗濯をして、干すときのパンツの数で

時間の経過を感じる、俺です。

パンツを5枚干したら、、、ああ、もうアレから5日経ったのか、と。

しみじみと感じます


そうそう

平和憲法は、日本国憲法第9条は、

ノーベル平和賞を受賞を逃したのですね。


集団的自衛権を認めてしまった
俺たち日本国民に
その資格はない、のかもね。

国民の過半数以上が反対していても
俺たちが認めた事になる
解釈改憲・・・



パンツを5枚干して、

初めて、5日間の経過を実感するように

そんな風に、

あっ!

なんてこったって

妙なタイミングで実感したくはないよね

あっ!

第9条の解釈改憲があったからこうなったのか!

って、後々実感したくないよなぁ


俺の世代でも

その次の世代でも





少なくとも、注目に値した平和憲法であり
無視できなかったはずだよね。

この9条




そのお陰で、戦闘員とはみなされず
異国の現地で、軍隊とは違った距離感で人と当たることができた

もともとPKOもごり押し解釈で進んだテロ対策法もあるが
人命救助としての活躍は、人を殺すことより素晴らしいことには違いない


   
戦争と平和 アンリ・ルソー 


日本国憲法第9条



1:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2:前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。





これを大声で、国民に向かってちゃんと言える
そんな首相が、俺はいい。
嘘の顔じゃなく、ね。

いろいろ捏造して、右サイドを煽って、ある人たちをジェノサイドしているのは誰?


アンリ・ルソーの『戦争と平和』に寄せて・・・
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外食って特別だったよなぁ、あの頃。消えゆく町並み。
2014-10-02 Thu 23:02

10月に入りましたね


気がつけば、近所の『鰻と鮨』のお店が店を閉じ・・・
家が空っぽになっていました。

老舗で、この町で、かつて
わいわいと鰻を食べたり鮨を食べたりと
近所で交流があっただろうと思われて
寂しい

この店主の爺さんは
カブで鮨の出前をしているのを何度も観てるし
店を閉じる事になるとは思わなかった

気がつけばそのお店の前に
鮨の皿やらグラスやら盆やら、「ご自由にどうぞ」と
置いてあったのが9月
他、椅子やら何やら・・・
孫の女の子やらお母さんやらが
せっせと店から出していた
二階に一家で住んでいたと思うんだけど

灯りはずっとあったのに
10月1日になり

もぬけの殻・・

「売り家」と記載があった。



過ぎ去りし昭和の『鰻と鮨』のお店


実は半年前くらいには
もうひとつの近所の鮨屋さんが閉店した。
そこは爺さんひとりでやっていた様子で
そこで生活が続いてる

でも、寂しい感じが漂っている

そして、同じく近所の蕎麦屋があったのだが
実はこれは2年前くらいに閉店
この閉店時も、店の前には「ご自由にどうぞ」と
蕎麦屋で使うざるやら湯のみやら
置かれていた
老夫婦がやっていたようだけど
今も住んでらして
ちょいちょい道路の様子を観に顔を出す

青いシャッター降りたまま
2年が経過している


一度は行こうかななんて思っていたけど
結局、一度も行かなかった蕎麦屋

鮨屋もそうだろうけど

この町で、ちょっとした家族の外食の楽しさを
提供していたに違いなくて
想像すると、なんとも言えぬ感覚に襲われる
  


そして






外食 山縣有斗

俺もね
子供のころ
外食ってほとんどなくてさ

家族貯金箱みたいなのがあって
それがいっぱいになったら、小銭数えて

レストランに行くっていうさ

そんなイベントが我が家にあって
田舎だと、そうそう日常で外食ってないからさ
もう、楽しみで楽しみで

車で15分くらいの
豊北町で唯一のレストランだったかも
確か『後醍醐』っていう名前だったっけな?
そこへ行くわけさ

そこでステーキ定食を食べることが嬉しくて嬉しくて
確か1000円だったか
1000円もする料理を食べる興奮と
ステーキという響きと
個人用に鉄板がある事の贅沢さ(今は普通だろうけどさ)
俺だけのステーキっていう特別な感じだよ

ウマかったし
楽しかったし
外食という特別感は、かなり興奮していた


きっとさ
きっとね


この閉店した、『鰻と鮨』『鮨屋』『蕎麦屋』も
そんな家族や子供の団欒や
興奮や
特別感を演出していたと思うんだよ
しかも、シースーだったら尚更だろ???



シンクロする


東京の住まいの近所のこの店たちは直接的に
お世話になってないけど
なんか、、、、

お疲れ様でした。






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