思考停止について あれこれ
2016-03-29 Tue 04:20


※ ※ ※
 

人には成長しなければならない部分と

どうしたって成長できない部分と

成長してはいけない部分があると思う
 
 
その混合の比率が人格であり



  『流』からの引用
 
※ ※ ※

 

なるほどなぁと思いながら

 
成長してはいけない部分が、どこなのか

それは人によって違うのかなぁなどと、思ってみたり
 
 
小説の続きを言うと



※ ※ ※

 
うちの家族に関して言えば、

最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ。

 
  『流』からの引用(上記続き) 

※ ※ ※

 
倫理的な視点であれば、同種族を想う大事な事だけども

同種というカテゴリーを狭めた時に起こる

多種への排他的な視点は

きっと、変える事ができない人も多く


それを現実社会目撃するに
 
胸は苦しくなってしまう
 
 
 
  
成長してはいけない部分が

もし、【血】と捉えてしまう場合
 
歴史や、恨みつらみ、悲しみ、そんな近代史は

DNAよりも浅いはずなのに

根深い螺旋階段のように続いてるほどの事に感じられるが

そうは言ってもDNAよりも浅いのであって、きっと

きっとね 

でも、緩めたり、薄めたりする事はできるのだろうと

想える

 
緩めたり、薄めたりする事を可能にする為には

その濃さや深さを知らない限り

不可能なこと
 
だって、深いか濃いかは観たり、実際に観たり飲んだり

自分に取り込まないと分からないものだもんね
 
 

 
すると、成長しなければいけない部分になっていく 
  
 
とすると

成長してはいけない部分、が本人の自覚としてあるが

それが本来は、成長しないといけない部分、だと気が付いてない場合
 
思考停止となる可能性をはらんでる
 
 

 
 深いなぁ、それ
 

桜をみる 山縣有斗
 


余談
 
例えるなら

日本国憲法がアメリカからの押し付け憲法であると

だから、日本人の手で変えなければならないと思っている首相がいて

岸信介もそれを言っていて

憲法の良し悪しに関して思考停止状態に陥り

しかし、音声データから、幣原喜重郎が9条を提案してるという発言した記録があり

9条はアメリカの押し付けではなく

日本人(幣原喜重郎)が加えた部分の可能性が大いにあり

改憲派の根本が揺らぐはずが

揺らがないのは

きっと


成長してはいけない部分、と本人の自覚としてあるが

それが本来は、成長しないといけない部分、だと気が付いてない場合
 
思考停止となる可能性をはらんでる

 

と合致するかもなぁ
 
 
こんな真夜中に
 

ふと思った




もちろん、真実が逆なら、逆もしかりなのだろうが

小説がこうやって考えさせてくれるなんて

読むという事はまた素晴らしい
 



 
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バンド・デシネ『チェリノブイリの春』『フクシマの傷』 絵の力、そこにあり!
2016-02-19 Fri 00:12


エマニュエル・ルパージュ 翻訳:大西愛子

ご縁から

翻訳者ご本人様から、ご本を頂きました

とても嬉しいことで

興奮を隠せません
 
チェリノブイリの春 山縣有斗

だから、というわけではなく

もうこれ、作品として、大変素晴らしく、感銘を受けました!

読んでる日、時間

トイレ行った際も思い出しては『ああ、やばい』と

皿を洗いながら『ああ、やばい』と

思い出すたびに口に出していたほど興奮しました

 
チェリノブイリの春



ちなみに
バンド・デシネ、というのをご存じですか?
(突然、読者に投げかけるスタイルですみません)
フランスやベルギーの漫画で
漫画というか、アーティスト本ですね
松本大洋(ピンポンなど)なども
バンド・デシネのアーティスト、ニコラ・ド・クレシーから影響受けてるし
絵本のような、ショーン・タンの『アライバル』も有名です
 
 
多くはアシスタントなしで
全部自分で描いて創作していくんだって
1年かけて1作品とかなペース
その画材も様々で、作家や作品ごとに、まちまちと挑戦がある
そんな世界
 
1コマ、1コマが、インクや炭、水彩などを使用していて
絵としても素晴らしく
何度も、その表現力や描写力に圧倒されました
日本の週刊連載のスタイルでは到底描けない世界かもしれない

そして、このタイトルにあるように
題材は、チェリノブイリであり、そして、著者は福島も震災の翌年に来日して
足を運んでいます

これは、ドキュメンタリーの作品
絵でルポする、という
をそのままに、現地でスケッチを繰り返し、そして時間をかけて
コマにして作品にしている、なので一枚一枚が凄い素晴らしい!

ゆっくり読み、観て、いかないともったいない
パラパラっとは進めない
進めたくない、そんな感覚
 
 
1986年のチェリノブイリ原発事故から20年の
2008年に、アーティスト達が、現地に住む人たちや
現場の様子を観て悲惨さを伝える、そんな趣旨から動いた企画
(それがそのまま描かれている)
 
彼らは問うている
アートに何ができるだろうか、と
 
 
この本を手にし、受け取った事で、もちろん確信はしていたが
はっきり言うが
もうアートの力に疑いの余地はない
  

チェリノブイリの春 中身
 
この作品は  
物々しく暗いイメージでロシア入りしていくところから始まる
暗いタッチの絵でも独特に優しく惹きつけられるのでご安心を
しかも手にしてるのは『チェリノブイリの祈り』の本 
 
そしてアーティストたちが
現地に滞在しながら、そこで暮らす人たちや
自然の状態を見ながら作品を作っていく
 
 
その自然の『美』に魅了されていく作家

汚染された土地
汚れた土地
人が住めない土地

目に見えない汚染だからこそ
そこにある自然美を『美』と
感じる事に葛藤を覚えながら
ペンを走らす
スケッチを重ねていく・・・
 
目で見てきた、確かな思いがあり
その絵が、また、マッチしていて素晴らしいのです!
色を乗せた絵がまたさらに『美』
画力にも圧倒されます


立ち入り禁止区域の緊張感
 
できるだけ安全に見せようとする長年のスタンス
起きてる症状と
公的に報告されている内容との食い違い
進む安全キャンペーン

なのに、死んだ村

だが生きてる自然


それ含め、今の日本と重ねる事を
避けることはできない
幸いこの本には、その体感が絵というルポで生きている
ちなみに『チェリノブイリの春』と
最新作の『フクシマの傷』が収録されていて
 
合わせて拝見すると

辛くもなあり 恥ずかしくもある、ほんとに
考えさせられるというより

もう文章だけと違い、絵という表現が
感覚として飛び込んでくる
 
視覚という感覚から入って来るってすごいよね、やっぱり
違う体験をしてるよう
 
絵というアートに、こんなに力が溢れているなんて
 
力強くなれると同時
深い感動が押し寄せてきました、何度も。 
 
 

是非、いろいろな方にも読んでもらいたい本です
 

ちなみみ、翻訳された他の作品も非常に興味深く

部屋に本が増えて埋もれそうなのですが
購入しようと検討してます

こういう方法があるんだ


ああ、熱い
 
この体験と出会いに感謝です
 
ありがとうございました
 
 
 

 

追記・・・

このアーティストは
震災の翌年2012年に文字通り、福島の傷口を、観てきている
それは福島の傷口ではなく、日本の傷口で
しかも世界の傷口が増えた事を意味しているというのに

どこまで自分らで埋めた地雷を踏むことを繰り返すのか
 
原発事故なんて計算上1000年に一度の災害と笑っていた学者たち
その1000年に一度の事故(学者曰くだよ)が
この30年の間に何度起きてると思っている?
スリーマイル事故
チェリノブイリ事故
東海村臨界事故
フクシマ第一原発事故
他・・・報告していない事故もあるんでないかい?
 
先日もフクシマ原発事故後
甲状腺がんが増えた事を認めたが・・・
放射線の影響は認められない、とした、公的発表・・・
事故後もともと甲状腺がんは増えない、と断言して、
増えた結果
増えた事を認めたにも関わらず

「原因はよくわからない」のでグレーゾーンです、ではなく
★関連性は認められない★と、断言する姿勢
 
じゃ「わからないから調べます!研究します」ではないんだよね
「わからない けど 関連性はない」というスタンス

凄い姿勢だよね 
 
事故も人災も繰り返す
原発マネー
 
 
これは、世界の傷、の膿が日本に今あるという事
 
 
ほんとに止められないの?
廃棄物を安全に眠らせる場所は、脱原発をしたドイツにもないんだよ
だましだまし埋めるしかないんだ
 
もうそんなに経済回さなければいいじゃないか
そんなにお金使わなくてもいいじゃないか
だから、お願い、おいしい自然に根差した食事と空気と水を
俺たちから先の世代に残してくれないか?
 
先輩方・・・



と思っています

まもなく、震災から丸5年です。。。

 
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『ぼくはお金を使わずに生きることにした』 アホみたいな消費社会、市場主義に、俺も疑問を感じちゃうからすっと受け入れたよ
2016-01-31 Sun 01:46
 

面白かったね
 
ノンフィクションは小説よりも読むのが時間がかかるけど
 

 
『ぼくはお金を使わずに生きることにした』

著者:マーク・ボイル


ぼくはお金を使わずに生きることにした 

 
 ※長文だよ~~、あしからず


ノンフィクション
彼が実際に体験した1年、まったくのお金を使わないで生活すること
それを実行した、行動した、記録

当時、イギリスでは現在進行形でもかなり話題になった様子
何となく聞いていたかもだけど

彼がした行動は、決して変じゃない
世の中に『変だな』て感じていれば、おのずと
そこへたどり着く流れだったと思えるほどです


このタイトルだと
変人の行動、極端なアホな人の行動、と感じるかも知れない


違うよ


いらないものが多すぎる
捨てられるものも多すぎる
まだ食べられるのに捨てられる食品、食べ残しは
日本全国で1年間に2189万トン
国民一人あたり、171㎏に相当
日本は世界一食べ物を捨てている国と言われている

2189万トンのうち60%が家庭内からと言われている
コンビニ、スーパーが廃棄するものも多い
賞味期限、消費期限、の魔力

国際食料農業機関FAOが2013年に発表したデータには
世界で生産された食料の3分の1が食べられないまま廃棄されている
廃棄分は年間13億トン
金額にして75兆円
 

食べ物以外でもそうですよね

※ ・・・ ※ ・・・ ※

100万時間持つ電球を作る事ができるのに
10000時間しかもたない電球をつくらなければならない

By ウルグアイ前大統領
※ ・・・ ※ ・・・ ※

先日、某カレー屋の廃棄物のカツの横流しで
ダイコーが問題になりました
ダイコー社長?がコメントしていたのが
「もったいないという感覚だったんです、まだ食べれるのに」と・・・

問題は横流しで販売した事ですが
こうした「もったいない」感覚は、しごくまっとうな発言には違いありません
大きな問題

 
そして著書に戻りますが・・・(前置き長いなぁ)

 
その感覚がある人であれば
きっと、消費社会にある意味、心のどこかで警鐘を鳴らしてるはずです
 
お金を使わずに生活する、その部分に
廃棄される野菜や食べ物をもらう、という一部分もあります
またボランティアで畑などを手伝い
その労働との交換でもらる食料
お金は受け取らないという、本来人間がしてきたぶつぶつ交換を
貯えれるお金という形を使わないという方法論

また捨てられるものをもらう、という事
例えばスーパーの廃棄分を
コンビニの廃棄分を、もらう事だったり

食の安全から言えば
コンビニの食料など防腐剤がたっぷりで、そのものがアカンけどね
腐って捨ててしまうもの、とかそのレベルの事ではなく
 
例えば、パッケージに汚れがついて廃棄とか
古いパッケージ(春使用のものだから夏以降売れない)だから廃棄とか
そんなものや
野菜の鮮度が落ちたから、とか

そういうものを受け取ったりという事
また他の食材は、山や畑から、また自分で育てたりと
コンポストトイレで自然に返し、肥料とする自然な流れに戻すことだったり

そんな事で生活する事
衣料品も、交換したり、で手に入れたり
捨てる衣類からもらったり
自転車も何度も修理したり(簡単に買い替えない)
移動も石油に頼らず、100㎞くらいチャリで移動してるからね、この方は!
 
それらを集めて、盛大にパーティしてたりしてるからね
 
凄いね
でも、素晴らしいよね
 
 
1週間生活しただけで、日本はどれだけゴミが出る?
半端なくない??
おかしいよね、不必要な梱包が多いし
それは石油からできてるんだよね
パッケージ化が凄すぎるよね
ユニクロ(回収してるサイクル実行してる)などの安価な衣類
これも貧困な国の人たちの生活を圧迫している
苦しめている状態
安価な海外ブランドは、労働環境にメスが入り改善してきてるが
日本のユニクロは再三改善要求をされても
改善していないのが現状
あれほどの数のお店と品ぞろえが、必要か???
 
 

消費は、経済を加速する為、お金を回す為?
いやいや、そんなになくても大丈夫だったよね、人類史上
 
もっと、取れ過ぎた食材はシェアしたり
近所に分け与えたり
自分の畑を持ったり
したわけ
 
 
『お金』による、市場主義が、どれほどの事を壊しているのか
もっと、もっとって欲しがるだけ
それを目指した広告

視点を変えない限り
この地球の資源は壊され、減っていく一方
無用な格差も、広がるだけ
 
 
ネットビジネスや金銭によるペイフォアード的なネズミ講方法
それらは『お金』はいい事
もっと儲ける為に、ちょっと相手に強要すらし得る
いいモノを妙な値段で奇妙な売り方で回していく
お金儲けは悪い事ではない、論が諭され
その周りは、消費社会に大貢献する
 
悪循環な『お金』ビジョンに思えてならないんだ
 
 
知識による儲け話よりも
大事なのは『感じること』だと思うよ「あれれ?変じゃない」って
 
この著者が言ったのは
「感じることは」知識として「知ってるのこと」よりも
真実の場合が多いという
 
あるよね、確かに
知識や理論から、感じる感覚もちゃんと持っていれば
もっと『変だな』って事は素直に感じられるはず
がっつりある人を踏みつけた儲け話じゃんってさ
この構造、社会構造

変じゃんってさ
感覚なくない?

 
そんな廃棄するものあげたり
商品売らなかったり
モノを作らないと、経済成り立たないやん

 
って思うよね

全部を否定する必要などないんだよ
 
買う、捨てる、経済から
分け合う、交換する、お金ではない回し方をする事で
吸い上げ構造の消費社会、市場主義に
ちょっとだけ『アディオス』って言えるんじゃないかな
  
町や村単位でちゃんと補うシェアする、
かなり昔の状態ですがあったはず
いらぬは町奉行か・・・
自給自足を半分、いや、わずかでもあれば
できる可能性は大いにあるよね
 
バブルいらないから
穏やかな経済でいい
そんな風に思います
『買え、買え、買え』と煽り続けて
アホみたいに労働の安い国で作らせ、輸入する事が
どれほど人や自然を踏みつけているのか想像すればきっとわかるはず

TPPで、モンサント社が正規ルートを通って日本に入ってきたら
安い価格で身体に影響の多いものがさらに溢れる
日本の農業は危機になる 
 
食べ物が、どうやって作られ、流通しているか
本当に知らない

それは無関心がなせる業
広告によって消した裏側
 
知識から想像して、胸にきいてみるといい
 
 
悪循環過ぎて、書き切れない・・・この社会の異常さ!

伝わるかなぁ。。
 
 
これくらいにいておこう、いったん。

 
本当の気持のペイフォアード式にしていきたい
俺の社会はね。
 
 
でさ

食で困っている人に、ちゃんといきわたるようにすれば
どれほど助かる人がいるのか
 
ふつうに考えて、捨てるものを人に無料で与えて
損するって感情は何だろうね我々・・・
恥ずかしいじゃないか
 
石油でつくって土に戻らないものを埋め立てて
海を汚して、土を汚して、作物ができない土壌にして
何してる?
放射能がさらに、空気や土や水を汚し・・・
何してる?

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小説『1984』 ジョージ・オーウェル作。(戦争は平和である 自由は隷属である 無知は力である が新鮮に聞こえないのが怖い)
2016-01-26 Tue 01:23

確か、読んでないのに読んだ気になっている本

ベスト1に

選ばれていた




1984  


『1984』

著者:ジョージ・オーウェル

村上春樹じゃないよ

ジョージ・オーウェルね


極限の監視社会、全体主義の恐ろしさを描いた
戦後間もない1949年に刊行された小説

1949年の35年先の未来、を現在に、観たのか
全体主義の緊張感が
ひしひしと伝わった物語


よく引き合いに出されいるスローガン

★戦争は平和である

★自由は隷属である

★無知は力である


言葉の意味が対比のようなものを意味している
この言葉たちが近年、あちこち回ってて
どうして、回っているかと言うと

このスローガンたちは
安倍政権になって、報道の自由度がぐっと低くなり
監視社会はパワーアップ
国民に背番号をつけたマイナンバー制度
戦争に積極的に参加する平和主義というロジック
国民が無知や無関心であればあるほど
逆らう事ないので、隷従となり、政権維持に貢献する

知性あるもの、気が付いたものは
いつの間にか消えるっていう・・・

そんなたとえとしても

あちこちで散見、参考とされる言葉たち


昨年末に読み、一気に読み切った
 

確かに、例えられてもおかしくない
反知性主義の世界にいるなぁと
 
こんな風になったら怖いよって物語なのに
 
日本、小説ほど、ではないにしろ
無知や無関心につけこみ
どんどん、進んでるで『1984』に・・・


SF、じゃないぜ


NOW IN Japan だぜ


って事が隙間隙間に感じられます
変だって気が付いた人から
反対した人から
消えていきます

従順な人だけが生き残る、そして、強行採決していく
今の政権は数で押し切る

そんな感じ
 



変な事は変と言える自由

2+2=5 である と政府が発表すれば
自分もそれを信じざるをえなくなるだろう

自由とは、2+2=4 と言える自由だ
それが認められればすべて認められる

と、例えではなく物語にでてきます
バカらしいでしょ・・・
ねぇ?
でもね、平気でまかり通ってたりするよ、NOW

政府や政府機関紙が発表する内容をまっすぐ飲み込むと
2+2=5と信じていく事に等しいものがあるよ
一瞬「あれ?」と思いつつも「ま、いいか、毎日が忙しいし」
って過ごしてると「2+2=5」が変とは思わなく
なっていくかも知れない


従順過ぎるんだ
無条件に
俺ら、いつの間にか
 


先日、NHKのドキュメンタリーでね
アメリカ人に捕まった日本人捕虜たちへ尋問したテープが
音声が残ったものが流れてて

尋問を受けている
その捕虜の日本人に、英語が話せる人がいて
その人は、ね、どんどんもの言えぬようになった日本を
おかしいと気が付いて語り始めるんだけど
 
米軍の尋問官が「負けてるのに、日本勝利に報道されてる」
「それを日本国民に変だって言えないのか」と問うたら

「日本人は、周りに従って、何も言わなくなるんです。無理です」

って感じの凄い言葉を伝えていた
 
俺は驚いた
その日本兵は、米軍に協力するように何度も言われ
葛藤しながら、最終的には決意するんだけど
 
2+2=5

と思わされ、何も言わぬ、無知の国民の力 の怖さを露呈している

気が付いた、その方は
当時は裏切りモノだと思われるかもですが
物凄い知性の持ち主です
 
 
 
 
考えたいね

思考し、ハートを揺らし、行動が必要じゃないかな







 
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ドキュメンタリー映画『レストレポ前哨基地』Part1&2 観賞!戦争のバカらしさ全開です(長文)
2016-01-24 Sun 22:09

『レストレポ前哨基地』Part1&2
 
レストレポ前哨基地

密着12ヵ月 死の谷で戦う米軍兵たち
http://www.uplink.co.jp/restrepo/

概要
2007年5月~2008年8月、アメリカ陸軍第173空挺旅団戦闘団が
アフガニスタン東部に分散配置され
激戦地コレンガル渓谷で任務に就く小隊を追ったドキュメンタリー映画
1日何度もタリバンから銃撃を受ける中
米軍が攻撃拠点に置いた尾根がレストレポ前哨基地
レストレポは、配置早々に犠牲になった20歳の兵士の名前
 
 レストレポ シーン1
さて・・・
さて・・・
何から語りたいかって
 
命がけで撮影したシーンであり間違いないが
この戦争がいかにバカバカしいか・・・
正直、兵士たちの言葉からも露呈しているように
俺は感じました

命がけ、緊張ギリギリの世界
それは大いに伝わってくる
それは想像を絶する
 
仲間の命を落としたり
銃撃シーンだったり
家畜を殺された住民との交渉だったり
まさに現場がありました
 
 レストレポ シーン2

しかし兵士たちのインタビューの
仲間の死に関しては強い思いを抱くが
殺害した相手に対しては
やはり『敵』であり『奴ら』であり
 
与えられた知識のまま
どうして戦争が目の前で起きてるのか無知のまま
ただビンラディンを敵として
タリバンを敵として
『敵』を『敵』として、殺してハイになっていたり
インタビューで半笑いだったり
 
仲間想いの言葉のかっこよさだったり
 
 
でも、あまりに、悲しい
 
仲間以外は敵、といった思い込み
間違った犠牲をはらんだ、民間人を犠牲にした、
民間人にも武器を取らされてしまった(かもしれない)世界に
『我こそは正義だ』とあるような顔は
どうも、やはり、辛い
 
考える力を奪われた世界、というか
その怖さを存分に見せられた気がします
 

4年間で42人の米兵が戦死した地域だそうです
さて、民間人は、いったいこの4年間で
アメリカの攻撃で何人、亡くなったのでしょうか・・・
その数字、出せませんか??

と問いたくなる
気分の悪くなる作品でした
 
 
このアメリカ側からのある1面だけを
徹底して描いているからこそ
戦争というプロパガンダの怖さ
情報操作の怖さが感じられます
 
こんな事に
自衛隊が、日本の税金が、使われるの?ほんと?
いや、使われたのよ、ほんとに
それは、俺が協力してるってことだよ 
 
そんなふうに考えれる作品と思えば
凄いですが
『リアル』だけを褒めたたえても、なんとも言えぬ・・・。

『アルマジロ アフガン戦争最前線基地』という映画も
以前観たが

 アルマジロ

こちらもドキュメンタリーで、有志でデンマークから
直接戦争に関係のないデンマークから、ですよ
集まった若者たちが、アフガンで戦うデンマーク軍の姿をとらえた
ドキュメンタリー映画

これは、アルマジロ基地?に配属されながら
戦闘もなく
暇な日々を凄しながら、早く戦闘を望む青年たちの姿があり
悶々と過ごしたのち
ある一戦交えたのちの、仲間を一瞬で失ったショックの姿を映した
もともとの気持の『甘さ』が恐ろしく露呈した
恐ろしい姿があった

デンマークはこの映画によって
影響もあり活発な議論がなされ
国民感情が変化していったという
 
映画の力が、凄い
  
 
例えば
  
宇宙生物の昆虫のでかい化け物と戦う
『スターシップトゥルーパーズ』
という映画知ってますか?

スターシップトゥルーパーズ

『スピード』のヤン・デボン監督の映画があります
ただただ、正義面したアメリカ兵たちが
侵略のため、昆虫の化け物が住む惑星に行き
昆虫の化け物と戦う、って映画です
ヤン・デボン監督は、アクション映画としてではなく
本質を、正義の顔した従順な米兵の怖さを暗に意味して描いたと
言われています

その本質は、映画観た後に知ると怖かった
映画バカバカしさに踏まえ、自国の米軍に例えていたことに。
 
レストレポ前哨基地は、それをリアルに撮影したもの
と言えます
 
 
『ブラックホークダウン』リドリー・スコット監督
においても、米兵以外はゾンビのような感じで
個人を排除した恐ろしさを感じました
 
ブラックフォークダウン

映画から本質を知ることがある
それを作ったドラマからたくさんの監督が伝えてくれています
 
今回のレストレポ前哨基地はドキュメンタリーで
『リアル』からも本質を見ると余計怖いですね・・・

 
といろいろと過去の映画からも思いました
 
 
結局のところ
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